谷川浩司王位(当時)「だから、私の振り飛車はちょっと変わっているような気がする」

将棋マガジン1987年11月号、谷川浩司王位(当時)の「光速の周辺」より。

 板谷八段との棋聖戦、私は飛車を振った。今期5局目の振り飛車である。

 たまに、振り飛車を指すと、居飛車との感覚の違いに戸惑う面がある。しかし、反面、将棋がとても新鮮なものに感じるという、いい面もあるようだ。

 私は居飛車党である。だから、どうしても、どんな局面を見ても、居飛車側からのものの考え方をし、居飛車側の肩を持ってしまう。形勢が五分ならば、居飛車良しと判断してしまうのだ。

 普通、振り飛車の利点は玉の堅さにあると言われている。玉の堅さを利用しての強引な捌きが、常に振り飛車の狙いである。

 しかし、普段居飛車側を持って指す事が多い私にとって、振り飛車の美濃囲いというものが、そんなに堅いと思えないのである。舟囲いも、美濃囲いも、同じ金銀3枚で囲っているのであれば堅さも同じであろう、という感覚になっている。

 だから、私の振り飛車はちょっと変わっているような気がする。多少の駒損は無視した豪快な捌きというのではなく、大事に大事に指すことを心掛けた振り飛車なのである。

悩んだところ

 私の三間飛車に対し、板谷八段は中央位取りから急戦を仕掛けてこられ、激しい戦いになった。

 1図は私が△5六馬と銀を取りながら竜取りに当てたのに対し、先手が2三の竜を▲2二竜と逃げた局面。

 現在は私の銀桂得、かわりにと金を作られている。先手の飛車は捌けているが、私の飛車はつらい格好。

 ここでの指し手は一番悩んだところである。

 1図で単に△3二銀とと金を払うのは、▲同竜△5一飛に▲4三歩と垂らされて、振り飛車側がおもしろくない。

 普通は△5一飛だろう。以下▲4二と△5三飛(参考A図)として、▲4三とならば△同飛▲2一竜△2三飛でこれは捌け形。

 しかし、参考A図で単に▲2一竜もある。これは相当に難しい形勢である。

 1図で私が一番やってみたかった手は△6五銀。以下▲4一と△7六銀▲5一とと構わず攻め合いにこられ、△7五桂と打った時に▲5八金上(参考B図)とされて後が続かない。

 参考B図から△8七銀成以下、角は取れるのだが、それっきり。後手陣には二枚飛車の早い攻めが待ち受けている。

発想の転換

 再び1図。

どうも、捌こう、あるいは激しい攻め合いに持ち込もうとするからいけないようだ。銀桂得をしているのだから、長引かせればいい、じっくりした将棋に持ち込めばいい、と、発想を切り換えた。

 その発想から生まれたのが△1一銀(2図)である。

 とはいえ、△1一銀は何とも指しにくい手であった。△1二香型の顔を立てて、といいたいところだが、それは冗談。この手を指す時は、こんなところに銀を打つ事が恥ずかしかった。

 1図で先手としては、3二のと金で銀桂損を補わなければ釣り合いが取れない。そこで、△1一銀と捨てる銀1枚で済めば、私の方に桂得が丸々残る勘定となる。

 △1一銀に▲同竜は、△3二銀▲2二竜△2三馬で竜が働かない。1一に行った竜が働かないのが大きいのだ。

 △1一銀に対して、怖いのは▲4一との飛車の取り合い。以下△2二銀▲4二と△2九飛▲4三と△1九飛成▲5二と△6五香(参考C図)という進展が予想されるが、最後の△6五香が意外と厳しい。

 参考C図から▲6一とならば、△6七香成▲同金△6九竜▲同玉△6七馬(参考D図)で先手玉はたちまち必至。

 参考D図から▲5八金の受けには、△5七桂▲同金△7八金▲同銀△6八金まで。

 また、参考D図で先手には銀が1枚しかないので、後手玉は詰まない。どうやら、2図からの飛車の取り合いは、振り飛車側の勝ち筋のようである。

 という訳で、板谷八段は2図から▲1一同竜の順を選ばれた。そして、△3二銀(3図)とと金を払って、私の方に桂得だけが残り、指しやすさを自認した。

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居飛車感覚と言うべきか、あるいは非常にロジカルな背景があるというべきか、とにかく△1一銀は素晴らしい手だと思う。

このような手を見ると、居飛車党の棋士の振り飛車も見てみたくなる。

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現代の振り飛車党でいえば、杉本昌隆八段がこのような棋風に近いのかもしれない。

村山聖四段(当時)「杉本三段は全振り飛車党の中で唯一の本格正統派です。メチャクチャ格調が高いんですよ」