将棋マガジン1991年4月号、中井広恵女流王位(当時)の第17期女流名人位戦〔林葉直子女流王将-清水市代女流名人〕第3局観戦記「来年まで待っててネ!」より。
―全く、誰かさんのおかげで1、2月の予定はガラガラ。悔しいので観戦記でいじめようと考えた私であった。
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”女流名人位戦は毎年タイトル保持者が替わって面白いですね”
いつだったかこう言われたことがある。市代ちゃんにいつも3連敗していた私としては耳が痛い話だが、それだけ防衛するということは難しいのだろう。
直子ちゃんの2連勝で行われた3局目―。意外にも対局日の朝の市代ちゃんは明るかった。どちらかというと、対局中の彼女は無口なのだが、いろんな人と話をしている。この辺、開き直りが感じられた。
(中略)
第1局は初手▲3六歩と指し、話題を呼んだが、今度は何と▲5六歩。ほとんど、ウケ狙いでやっているとしか思えないのだが、これは彼女なりに深い考えがあった。
彼女は何度か▲7六歩△3四歩▲5六歩という戦法を試みたのだが、(私との挑戦者決定リーグでも一局指した)これは△8八角成▲同銀に△5七角と打ち込まれ馬を作られてしまう。そこで初手▲5六歩なら△3四歩に▲5八飛とまわり、それから▲7六歩と角道をあければ馬を作られずにすむ。あと、本譜のように、居飛車模様にもすすめられるのだ。
▲5六歩に対し、市代ちゃんは7分考えて△8四歩と指した。
”また変なことをやってきた”おそらく、心の中ではこう思ったに違いない(私なら絶対そう思うから)。
(中略)
女性を誉める言葉として”綺麗”や”かわいい”がある。直子ちゃんが前者としたら市代ちゃんは後者の方だろう。直子ちゃんと時々、”市代ちゃんみたくかわいくて性格が素直だったらねェ……”という話をする。
”直子ちゃん綺麗だよ”って言うのだが、どうも彼女はそう言われなれているせいか、うれしくないらしい。
でも、私が知っている限り、彼女はかなり照れ屋でかわいい性格をしている。特に好きな人の前では引っ込み思案のおとなしい女の子に大変身するのだ。普段の林葉直子からは想像もつかない……。
兄弟子の米長王将に、”女優さんと会った後だと、女流棋士がとてもかわいく見えるよ”と言われたことがある。どんなに気の強い女流棋士でも女優に比べればヒヨコのようなものだという意味なのだろうか?さすが、女性の評論にはうるさい(怒られるかナ)。
ある女流棋士はこう言った。
”勝負師なんだから、気が強くて当たり前だと思う。ただ、素直なのが一番大事なんじゃない”
将棋盤を離れたらかわいい女―を目指しているのは、皆同じのようだ。
(中略)
対局中、二人の指にキラキラ光っている指輪が目にとまった。
”誰からもらったの?”
なんてヤボなことは聞かなかったが、”私だって指輪、してるわよ”と変なライバル意識を燃やしてしまう。女って、妙な生き物だわ……。
(中略)
♫stay with me
悔しいから、スキーに行くわ…。
大好きなハートのイヤリングを口ずさみながら、何が悔しかったのかはさだかではないが、直子ちゃん達とスキーに行ってきた。
彼女は自分自身のことを、うん○(*運動音痴)だと言うのだが、どうして初めてとは思えない上達の仕方。初日からリフトに乗ってすべって降りてくるのだから、男性陣もビックリである。
市代ちゃんにも聞いてみると、学生の頃、一度やったことがあるそうだ。腕前の程は?と尋ねると、帰る頃には結構すべれるようになったという。
普段、座ってばかりいるので、たまにはこうしてスキーなどで体を動かすのもいいかもしれない。
(中略)
最近は女流棋士でも扇子を使う人が多い。私はバトルロイヤル風間さんの似顔絵入り女流棋士扇子を愛用しているが、対局者の二人は特にこれといって決めてるのはないようだ。
直子ちゃんは一局目が大山扇子、二局目が中原扇子……とくれば、三局目はもうおわかりだろう。
対して市代ちゃんは、一、二局が中原扇子、三局目のは多分、字から想像して屋敷棋聖のだろう。
(中略)
二人の性格を分析してみると、市代ちゃんはO型らしい朗らかな性格。自分の感情をおもてに出さず、いつもニコニコしている。
直子ちゃんはB型らしく行動的。感情はわりと顔に出る方かな。とっても明るくて、”林葉、中井”のセットだと5人分余計にうるさいとよく言われる(先崎五段が加わると手がつけられない)。彼女は将棋年鑑に血液型をA型とまちがってのせたまま毎年直してないので、いまだにA型だと思っているファンも多いと思うが、典型的?なB型だ。
二人を見て思うのだが、かなり非凡である。文章を読んでもわかるように、発想が普通の人とはちょっと違うのだ。
あと、精神的にとても強い。今回の将棋でも、きっと2連敗してもまだまだこのくらいじゃ……と思ってるに違いない。私なら2連敗した時点で、三局目を指さなくても結果は見えてる。
(中略)
とりあえず1勝返して、市代ちゃんはホッとしているだろう。次も勝つことができれば、精神面ではグンと有利にたつ。
私としてはどちらも応援することができないので何も言えないが、あえて言うならば、
”来年まで待っててね!”
と、こんなセリフだろうか……。
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「彼女は何度か▲7六歩△3四歩▲5六歩という戦法を試みたのだが、(私との挑戦者決定リーグでも一局指した)これは△8八角成▲同銀に△5七角と打ち込まれ馬を作られてしまう」
▲7六歩△3四歩▲5六歩△8八角成▲同飛△5七角なら、大野流向かい飛車の手順になるが、やはり馬を作られるので指しこなすのは難しい。
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「そこで初手▲5六歩なら△3四歩に▲5八飛とまわり、それから▲7六歩と角道をあければ馬を作られずにすむ。あと、本譜のように、居飛車模様にもすすめられるのだ」
本局は中飛車にはならなかったが、ゴキゲン中飛車が出現する前の時代にこのような指し方をしていたのだから、すごいことだ。
後年になるが、藤井猛六段(当時)は林葉直子女流五段(当時)が指していた将棋をヒントに、左美濃の玉頭を攻めるという構想(1筋に飛車を回して、1筋、2筋の歩を交換。つづいて銀冠の銀を棒銀のように使う)を編み出している。
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この期は林葉直子女流王将(当時)が3勝1敗で勝ち、女流名人位を奪取。
翌年「来年まで待っててね!」の言葉通り、中井広恵女流王位(当時)が挑戦者となり、3勝2敗で勝って女流名人となっている。