「こりゃ化け物の集まりだ」という雰囲気だった午前2時の対局室

将棋マガジン1991年2月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

 私はだいぶよいと思っていたが、順位戦は楽に勝たしてくれない。とことん粘られ(私の寄せがへただったせいもある)終わったのは午前零時直前だった。

(中略)

 残っているのは、森下-佐藤(康)戦だけ。腰はまがり、眼はしょぼついているが、それを見ぬ手はない。

 局面は9図。盤側に座って盤面を見たとたん、眼がかすんだ。これは判らない。秒読みの声を聞きつつ駒を数えてみると、森下の駒数は持将棋規定にぎりぎりの数である。

 で、とりあえず△8九飛と打って、9筋の香と歩を逃さぬ、と指せば佐藤が勝ちだろうと思った。

 ところが佐藤は、△1八玉、△1七香成、△1四歩といった手を指した。その間森下は盤上の自分の駒を全部逃げて、持将棋成立。

 それはよいが、佐藤も持将棋にするなら、58秒まで読ませることはないだろう。7・8・の声とともに素早い手つきで指すのだが、時間が切れるのではないかとひやひやした。

 2時を回っていた。さっき神谷が「みんな焼き肉を食べに行きますけど」と誘ってくれたが、すしならともかく、焼き肉は重い。2,3年前は平気で食べられたのだが……。

 屋敷が入って来て感想に聞き入っている。森下も佐藤も屋敷も、それと観戦記担当の井口さんまで、みんなニコニコしている。こりゃ化け物の集まりだ、と思った。

 呆れ返って席を立つと、すかさず森下が「先生、帰るんですか」。

 私はムニャムニャと言って逃げ出した。

 さて、不思議なもので、指すにせよ見るにせよ、盤をはなれると元気になる。帰りの車の中で、再開された森下-佐藤戦の展開を考えた。そして佐藤が勝つと確信した。

 あの9図の局面で、私なら、せっかくここまで指したのだから、しゃにむに勝ちに行っただろう。佐藤は「入玉の経験がないので怖い」と言ったが、勝ち目が多いことは判っていた。にもかかわらず、持将棋でよし、としたのである。

 またまた昔の話になるが、八段になったばかりの中原が花村と対戦したとき、終盤に千日手にしたことがあった。ずっと優勢で打開すれば勝てそうだったが、中原は指し直しを喜んでいた。つまり、負けなければよい、いずれ勝てる、の自信があったのである。佐藤も同じだったろう。

 この予感、珍しく当たった。

(以下略)

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将棋マガジン1991年2月号、「第49期順位戦C級1組」より。

 森下六段対佐藤(康)五段戦は予想と期待にたがわぬ死闘が展開された。

 まず第1局は秒読みだけで80手を越し、午前2時5分、197手までで持将棋となる。そして指し直し局も双方1分将棋まで指して、終了したのが午前5時22分であった。

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午前2時。

「屋敷が入って来て感想に聞き入っている。森下も佐藤も屋敷も、それと観戦記担当の井口さんまで、みんなニコニコしている。こりゃ化け物の集まりだ、と思った」

屋敷伸之棋聖(当時)は、この日に対局があり、敗れている。

屋敷九段はいつもニコニコしているので、午前2時であってもニコニコしているのはそれほど不思議ではないが、森下卓六段(当時)、佐藤康光五段(当時)、観戦記担当の井口昭夫さんという、これからの指し直し局に直面している人たちまでがニコニコしていたのだから、河口俊彦六段(当時)が化け物の集まりと思った気持ちも十分に理解できる。

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会社で言えば、午前2時まで会社で仕事をしていて、さて帰ろうかと思った頃に、それまで別の部署で仕事をしていた人たちが近くの会議室でこれから3時間近くの会議を始めようとしているのを見た時の気持ち。その会議の出席者がみなニコニコしていた、という状況。

やはり化け物の集まりだとしか思えない。

なおかつ、会議よりも対局の方がはるかに精神的にも肉体的にも重労働になるので、化け物の度数がアップするわけで……

 

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