将棋世界1988年12月号、青島たつひこ(鈴木宏彦)さんの「駒ゴマスクランブル」より。
先崎学四段、中田功四段、佐藤康光四段、石川陽生四段、日浦市郎五段…。みんな4階記者室、桂の間の常連である。
彼らは対局の多い日や重大な対局のある日は必ずこの部屋にきて、熱心に将棋を調べている。対局がすべて終わるのはまず深夜。終電がなくなるケースも多く、そうした場合は幾人かのメンバーは新宿まで歩いて行って別の勝負をガラガラ始めるということも多いようだ。
10月14日夜、記者室で先崎四段が大声を上げていた。
「誰か振り飛車党の人、研究会の相手になって下さいよ。石川さん、お願いしますよお」
石川四段「その日はちょっと都合が悪くて……」とか、ゴニョゴニョ。
4日後の18日にはC級2組の順位戦がある。先崎四段の対戦相手は大野八一雄五段。大野五段が振り飛車で来ると予想している先崎四段、対振り飛車戦の特訓をしようというのである。
そのうち誰かが「大野さん、先手なのに飛車振るのかなあ」といい出した。
「ええっ」とたんに先崎四段の顔色急変。「ホントかよ」(表を確認しながら)「ウソだろう。オレずっと先手番だと思って研究してたのに、ひどいよお」
先崎四段、本気になって慌てている。相手は先手だって飛車振るかもしれないし、先手だって後手だって大した差はないだろう、というのはシロウト記者の考えらしい。
「前もって対戦相手と対局日、先手後手が決められている順位戦では、対戦表ができ上がった時からもう勝負が始まっているんですよ」
そういえば何人かの若手棋士からこの言葉、聞いたことがある。普通の棋戦は勝ち進んでみなければ、次の対戦相手も対局日も分からない。先手後手に至っては対局当日の振り駒まで分からないのがほとんど。対して順位戦はすべてが前もってきっちり決まっていて、そこでも神経をすり減らすことになる。
(以下略)
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「ウソだろう。オレずっと先手番だと思って研究してたのに、ひどいよお」
奔放で無頼派だった当時の先崎学四段(当時)と「一人で研究」はイメージ的に結びつきにくいが、実際には先崎九段は後年まで控え室の常連であったわけで、自宅でも研究熱心であったことは間違いない。
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「前もって対戦相手と対局日、先手後手が決められている順位戦では、対戦表ができ上がった時からもう勝負が始まっているんですよ」
事前にわかっているので準備ができて良さそうに思えるものの、相手も同じ条件であり、やはり神経がすり減ることは必至だ。