三段リーグ最終戦、対局の途中で撮影された写真

近代将棋1989年11月号、「第5回奨励会三段リーグ戦」より。

 畠山鎮、畠山成幸が昇段を果たした。ご存知のことと思うが、二人は一卵性双生児である。双子は、先に生まれた方が兄とされる。成幸の方が兄である。

(中略)

 リーグ最終日。午前中の一局に勝って成幸がまず四段昇段を決めた。最終局で残る一つのイスに自力で坐る権利を持つのは鎮、という状況にマスコミは色めきだった。これまで親子、兄弟の棋士はあったけれども、双児の棋士なんてもちろん初めてのことだ。それも同じ日に上がるかもしれないのである。

 最終局が指されている時、対局場と同階にあるロビーに行くと、数人のカメラマンが、自らの出番をジッと待っている姿があった。

 夕刻、勝負がついた。鎮が勝った。それとばかり対局室に入る。二人並んだ写真を撮るのがカメラマンに課せられた使命である。

 ところが、成幸の将棋は千日手となってしまっていた。千日手は即刻指し直しである。これでは狙いとする写真が撮れない。成幸の将棋が終わるのは、おそらく2、3時間後になるだろう。待つことは慣れっこになっているから良いとしても、それでは締め切りに間に合わなくなる恐れがある。写真の入稿が遅れてしまうと、他の記事にスペースを奪われてしまい、掲載がおぼつかなくなるかもしれない。新聞、写真週刊誌は、時間と他の記事との戦いがある。

 カメラマンらは、奨励会幹事の神谷広志六段と大野八一雄五段に申し込み、成幸の指している将棋を一時中断し、鎮と一緒の写真を撮るという手段をとった。

 すでに四段昇段を決めていたとはいえ、成幸にとっては鎮より一枚上に行くか逆に下になるかをかけた必死の勝負である。対戦者の郷田にしても来期の順位2,3枚は違う一番である。こういう事情をよく知っている、同室の三段の面々は、二人にカメラを向ける取材陣に対し、一様にずいぶん強引なことをするなという表情であった。正直なところ、筆者もこの時はそう思ったものである。

 しかし、今、思うに、取材陣のとった行動は正解であったと思っている。彼らの要請を受け入れた幹事も正着を指したと思う。翌日、数社の新聞紙面に双児の同時四段昇段が報じられ、続いて週刊誌にも記事が載った。将棋ファンのみならず、一般の多くの人の目に”将棋”が飛び込んだことに大きな意味がある。

 後日、数人の棋士にこの日のことを話したところ、対局中に写真を撮ったのは少しやり過ぎではないかという反応がほとんどであった。残念である。プロ野球や大相撲のように、将棋がもっと多くのファンを得ていくためにはマスコミの報道に対し、棋士が協力的でなくてはならない。

 プロ野球の選手は満員の球場でプレーすることを喜びとしている。報道陣がつめかければつめかけるほどハッスルプレーが出る。大相撲の力士もおんなじだ。観客に自分のプレーを見てもらい、その報道を通して、より多くの人に自分の活躍を知ってもらうのがプロとしても使命と心得ている。

 今の将棋界には、観客や報道陣を多少なりともうるさがるような雰囲気がある。プロとして、これでは主客転倒というものではあるまいか。

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近代将棋同じ号に掲載の写真。

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将棋世界1989年11月号、駒野茂さんの「奨励会三段リーグレポート」より。

 そして残り2局となったところで、順位順に畠山鎮11勝5敗、畠山成11勝5敗、郷田10勝6敗、鈴木10勝6敗、丸山10勝6敗の5人に絞られた。

(中略)

 気になるのは郷田-中山戦。畠山成が勝ったことによって、この勝負郷田負けなら畠山成の昇段が決まるからである。

 注目の一番は千日手に。指し直し局は中山の三間飛車穴熊に、郷田は居飛穴へと。その途上をついて中山は仕掛けるが、形勢は郷田やや有利に。しかし、中山の執拗な攻めを郷田が受け損ない、中山が制するところとなった

 その報を耳にした畠山成だが、回りに「おめでとう」と言われても「本当ですか?」と誰の言葉も信用しない。郷田-中山戦の秒読みをした者の「中山勝ちです」の言葉を聞いてもだ。

 畠山成、半信半疑の四段昇段。

 もう一人の昇段は最終戦に持ち越された。畠山鎮が庄司に敗れたからだ。

 この時点で畠山鎮11勝6敗、鈴木11勝6敗、丸山11勝6敗で、3人が横一線に並ぶ。順位の関係で、畠山鎮が勝ちなら文句なく決まりだが、負けると鈴木、丸山の順で、勝者が上がる。3人とも負の場合は、畠山鎮が昇段する。

 佐藤-畠山鎮戦。2図は佐藤不利だが、畠山の玉形がヒドイので、まだまだの観もある。

 丸山-古作戦は丸山の勝ち。丸山は他力昇級にかける。丸山に、「キャンセル待ちだね」と言うと、「エヘヘ」という顔をしていた。

 鈴木-村松戦は鈴木の勝ちになっていた。この瞬間、丸山の昇段の目は消える。

 畠山鎮か鈴木か、最終戦で昇段が決まるという素晴らしい舞台。その絶好の場面を見逃すはずもなく、取材班がジリジリ、と対局室に入り込んで来て、2人の近くに迫った。それを意識してか感想戦中の鈴木の体は小刻みに震え、対局中の畠山の目は時おり周囲を見る。その時、「負けました」の声。パシャ、パシャ、フラッシュが室内をよりいっそう明るくした。その中で、より輝かしく見えたのは畠山鎮。この瞬間、兄弟同日昇段という快挙が生まれた。

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史上初の双子の棋士の誕生、しかも同じ日に。

このような確率は天文学的に低いはずだ。

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この日の1局目で敗れて昇段を逃してしまった郷田真隆三段(当時)だが、撮影のための中断があった最終戦の対畠山成幸三段(当時)戦に勝ち、意地を見せている。

郷田三段は、次の期の三段リーグで昇段している。

1990年3月、郷田真隆四段誕生の日