塚田正夫名誉十段「あんた、その虎の巻がどれくらいの量になると思う?どう考えても丸ビルが5つはいる」

近代将棋1990年2月号、野山知敬さんの「私の好きな一冊『棋士・その世界』」より。

 私が定跡をやっと覚えだしたのが高校1年の頃。雑誌の初段コースを2年もかかって卒業し手にしたのが高2の終わり頃。この本はその頃の私に将棋のプロの存在を教え、将棋の世界のなんとも言いようのない深さ、魔性の魅力を知らしめてくれた一冊でした。

 まず冒頭の「頭の中に」という章。塚田正夫九段にある雑誌社の人が、「将棋の手を全部覚えたら私でも先生に勝てますか?」と問う。九段は「うむ、それは大いにあり得るよ」と答える。雑誌社の人は飛び上がって喜び、「先生!すぐに将棋の手を全部書いた虎の巻を作って下さい!ファンは待望しているのです!」……九段は静かに答えた。「あんた、その虎の巻がどれくらいの量になると思う?どう考えても丸ビルが5つはいる……」

塚田正夫九段。将棋世界1973年5月号グラビアより。

 当時の私は全く度肝を抜かれました。まだ初段そこそこで、「将棋の手なんて、たくさん覚えている方が勝つんだろう」ぐらいに思っていた私には大きな衝撃でした。

「棋士・その世界」(中平邦彦著・講談社)にはまさに、将棋における考え方のエッセンスが山ほど盛り込まれており、私はそれこそ夢中になって読み続けたのです。

「手を多く読んだから勝てるというものではない。読みでなく大局観で判断するものだ」「強さを示す尺度は読みの量ではなく質である」「勝負師とはイチかバチかの勝負ではなく、99%の成算が条件なのだ」「大山や升田は見通しをつけるのが早い。経験とカンで大勢判断ができるのだ」

 一つ一つプロ棋士の言葉が、全く私には驚きでした。そして、将棋に対する基本的な考え方を会得させてくれたのです。

(中略)

 内藤九段の話。「私は三段時代の方が多く手を読んだ。なぜなら100手読まないとわからなかったからだ。今は10手ぐらいで判断できる」……心にしみる話です。私の場合はいつも堂々めぐりしていますから……。

 ちなみに私の会社の事業部内で「企画に際する考え方」と称して、この「将棋の読み」の話を引用したところ大反響を浴びました。

 ただやみくもに走り回るのではなく、ターゲットを絞って比較して決定することはビジネスにも通用するところがあるでしょう。

 本書は昭和49年発行ということで内容がやや古いのが難点ですが、将棋界の実情・裏話・ためになる話が実に面白おかしく組み込まれていて、今でもよく読み返したりします。この本の現代版が出来たらすぐ手にしたい。そんな感情を与えてくれる、思い出の一冊です。

棋士・その世界 (1974年)

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野山知敬さんは、朝日アマ名人5連覇・読売日本一・グランドチャンピオン・グランドマスター・レーティングチャンピオン・全日本オープン選手権優勝などの実績を持つアマ強豪。昨年からは日本アマチュア将棋連盟の会長を務めている。

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「あんた、その虎の巻がどれくらいの量になると思う?どう考えても丸ビルが5つはいる……」

仮に、量子コンピュータとソフトによって将棋というものが解明され、更に仮に必勝手順があったとして、初手から最終手に至るまでの変化の枝分かれを全部書いただけでも現在の丸ビルを埋め尽くすほどの紙の量になるのではないかと思う。2手目に相手が△3四歩の場合、△8四歩の場合では、それぞれ必勝法は別のものになるだろうし。

どちらにしても、必勝手順があったとしても、全ての変化を人間が記憶するのは無理ではないか。(しかし、棋士なら全部あるいは肝となる部分を覚えてしまうかもしれない)

個人的な思いとしては、コンピュータで将棋の解明など行ってほしくないし、解明されたとしても「必勝法なし」であってほしい。

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中平邦彦さんの「棋士・その世界」は名著として知られる。

「勝負師とはイチかバチかの勝負ではなく、99%の成算が条件なのだ」は格好いい言葉だ。

 

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