将棋世界1990年4月号、駒野茂さんの「奨励会人物紹介 豊川孝弘三段」より。
ウエートトレーニングに始まり、はたまた自転車長距離ロードと、一年中体を鍛え抜く男、豊川孝弘三段。そのハードなスポーツメニューに加え、将棋も力強い(駒音だけという説もあるが)ので、”パワフル豊川”と呼ばれている。
シュワルツェネッガーの大ファンである彼は、その肉体美に憧れ、一歩でも近づこうと鍛錬の毎日。その成果を銭湯のカガミに映し出して見るのが日課でもある。
ある日、一緒に銭湯に行った。無論フロ上りにカガミの前に一緒に立ったのは言うまでもない。
はずかしかった。
片や中肉小背で三段腹の私と、長身で引き締まった筋肉を、ピクピクと動かすことのできる豊川とではあまりに対照的だったからだ。
私はとぼとぼとロッカーに戻り、パンツをはこうとしたが、その時妙言を思いつく。
「豊川君、君のはまだ本物ではないね。シュワルツェネッガーは”ピクピク”ではなく”力こぶる”だよ。まだ修行が足りないね」と言った。
そのあと、一緒に飲んで、豊川がヤカンを振り上げているシーンを連想したら、おかしくて酒がグイグイ飲めたのだった。
将棋も、劣勢でマユ毛ピクピクでなく、力こぶる、よりパワフルになってほしいものである。
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「力こぶる」は、この頃、アーノルド・シュワルツェネッガーが出演していた日清食品のカップヌードルのCMで出ていた言葉。
「豊川がヤカンを振り上げているシーンを連想したら、おかしくて酒がグイグイ飲めたのだった」というのも、このCMを連想してのこと。
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昔の写真を見ると、奨励会時代の豊川孝弘七段が記録係をしていることが非常に多かった。
その中で、体も鍛え抜く。
奨励会に入ったばかりの鈴木大介少年が、控え室で豊川二段(当時)などの肉体の競演を見せつけられている。
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豊川三段(当時)は、このすぐ後、頭ハネで四段昇段を逃すことになる。
近代将棋1990年5月号「第6回奨励会三段リーグ戦」より。
残り6局となった時点で、郷田と豊川は全くの同星。この時から、順位の悪い豊川は、残す6局を全勝で走る気構えであったことだろう。郷田の力から見て、4-2から5-1は最低とるだろうから、追いつき追い越すにはもう一番も落とすわけにはいかない。4敗をキープできれば、さすがの郷田とて一つは落としそうだから、なんとか行けそうである。
豊川は、苦難の道を乗り越えて目標の全勝をマークした。しかし、なんと郷田もまた6戦全勝とは。これには、驚いた。第三者が見てビックリなのだから、当の豊川は、さぞショックだったことだろう。最終戦の夜、仲間と飲んだ豊川は荒れたと聞く。こうした状況にあって平然としていられる人間など、いようはずもない。
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豊川三段が四段に昇段するのは、ここから1年半後となる。