羽生善治竜王(当時)「では、どれくらいの持ち時間なら自分の力を最大限に発揮できるのでしょうか」

将棋世界1991年1月号、羽生善治竜王(当時)の連載自戦記〔全日本プロトーナメント 対富岡英作六段〕「逆転の一局」より。

将棋マガジン1990年12月号より。撮影は弦巻勝さん。

 現代では棋戦によって持ち時間が異なっています。

 短いのから長いものまで色々で、一番短いのはテレビ棋戦の10分で、一番長いのは名人戦の七番勝負の9時間といった具合です。

 私はこれをおおまかに分類すると3時間までは短時間、4時間は中くらい、5時間以上は長時間だと思っています。

 今回の将棋は全日本プロトーナメントですから、持ち時間3時間、短時間の部に入るでしょう。

 対戦相手は富岡英作六段です。

 富岡六段は居飛車党で、気合いの良い将棋です。

(中略)

 本局のように持ち時間3時間だとペース配分が大変難しい。

 序盤を早く指して最後に時間を残しておこうとすれば序盤で悪くなるし、序盤で長考すると終盤で時間がなくなって間違えるといったように。

 例えば1図で私は48分も考えてしまうのですが勝負の観点から見れば損かもしれません。

 ただ私はこの局面から作戦勝ちが導けるようなカンがしたので、長考してしまいました。そういう意味では序盤での勝負手だったかもしれません。

 結局、本譜は自重して普通の将棋になってしまったので長考は無駄だったかもしれません。

 もっとも最近は持ち時間は好きな時に好きなだけ使うことにしているので仕方がありませんか。

(中略)

 棋士も人間ですから、時間がなくなったり疲れたりすると間違えます。

 では、どれくらいの持ち時間なら自分の力を最大限に発揮できるのでしょうか。これは人それぞれのタイプや体力によって異なってくるでしょうが、私はある程度長いのでなくては駄目のような気がしています。

 しかし、見る側の面白さを考えると短い方が良いかもしれません。

 例えば、本局はお互いに何回か悪手を指しており、内容は良くないかもしれません。

 しかし、そのおかげ(?)で将棋がもつれて二転三転の熱戦になったのです。

 もし、この将棋がもっと時間が長かったらもっと渋い戦いになっていた、そんな気がするのです。

(以下略)

* * * * *

1図の局面での長考48分。

▲8六同歩と取ってから考えるのではなく、その前に考えるのがプロというものだ。

あるいは、8筋に歩を打てるようになれば▲8三歩(△同飛なら▲4五角)があるので、そのような関連を考えていたのか。

どちらにしても、羽生善治竜王(当時)が考えているのだから、ものすごい読みの量だったのだと思う。

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「これは人それぞれのタイプや体力によって異なってくるでしょうが、私はある程度長いのでなくては駄目のような気がしています」

と書かれているが、羽生竜王はすでにNHK杯戦で優勝しており、なおかつ現在に至るまでにNHK杯戦で11回優勝しているわけで、決して「長いのでなくては駄目」ではなかったことが証明されている。

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この自戦記には、面白い一節がある。

 局面は相銀冠という最近では珍しい戦型になりました。

 この戦型はお互いに仕掛けにくく、局面の焦点がしぼりにくい。

 3図までは形で進めてくることができましたが、ここでどう指したら良いか難しい。パスしたい局面。

 そうすると後手もパスしたい局面かもしれない。

 何だかよく解らないので頭がこんがらがってしまう。

 将棋って難しい。

(中略)

 3図からの6手は何だかよく解らない。

 やっている本人もよく解らない。

(以下略)

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困惑しながらも、手を読むのを楽しんでいる様子がうががえる。

 

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