羽生善治竜王(当時)「先日、小学生がいっぱいいる将棋の会で、ぼくは『将棋とファミコンとどちらが面白い?』って聞いてみたんです」

近代将棋1990年12月号、「新刊書評」より。

勝負の世界2〔将棋VS囲碁対談五番勝負〕

 前作その1が割合好評だったので、第2弾を企画し、前回出場していないスター棋士が勢揃いした。

 メンバーは、大山康晴-坂田栄男、羽生善治-小松英樹、林葉直子-小川誠子、河口俊彦-中山典之、米長邦雄-藤沢秀行。

 棋士の人選は実績プラスイメージでなされたと思うが、どんぴしゃりとはなかなかいかないものだ。

 まず、羽生の相手の小松は囲碁通じゃないと知らない。もう少し知名度のある人が欲しかったという気持はほとんどの人が抱くであろう。おそらく企図した人物が都合がつかなかったのだろうと推察する。当の小松も代打ということは瞬時に理解し、出場OKしたのだろうが、どんな奮戦ぶりをみせているかが興味の対象になる。

〔小松「将棋は勝つと気持いいですね。負けると能書き言われるしね(笑)。(略)ぼくらはアマチュアとして将棋を指すわけですが負けたらあんなに悔しいものはない。麻雀で4、5万とられるのは許せるが、将棋で500円とられるのはたまらん(笑)〕

 将棋は悔しいゲームだと、碁のプロが言うのは将棋ファンとしては痛快に読める。

 また詰将棋の話では、

〔小松「駒を動かすの?」羽生「いえ、問題図を並べるだけで、変化は頭の中で読みます。駒を動かすと勉強に鳴らないんです」小松「へえー、碁では動かしますよ」〕

 これは詰棋ファンが優越感を感じるだろう。

 羽生の発言はいくつか面白いのがあった。

〔羽生「大山先生の全盛時代の将棋を並べて、序盤で現代的感覚が出ているのに驚くことがあります」〕

 升田ではなく大山というところが面白い。

 やはり強い人にのみわかる序盤の凄さというのがあるのだろう。惜しい、と思うのはこういう言葉が出たのに、そのフォローがないことだ。司会者が突っ込んでほしいところでもある。

 対談の妙味は、いろいろなことを幅広く話しながら、ポロリとこぼれたおいしい言葉を拾うことではないだろうか。そのアドリブの力が対談を面白くするものである。

 羽生はもうひとつ重要なことを言っている。

〔羽生「先日、小学生がいっぱいいる将棋の会で、ぼくは『将棋とファミコンとどちらが面白い?』って聞いてみたんです」小松「どうでした?」羽生「皆、いっせいにファミコンのほうに手を上げた(笑)。(略)ある程度のところまでいけば、魅力がわかるんでしょうが、そこまでどうひきつけることができるか」〕

 ファミコンの出現で囲碁将棋や麻雀の会所が減少しているそうだが、室内ゲームの最大の敵であることは間違いない。このファミコンに負けないような魅力を保っていくことが将棋界のテーマのはず。ここのところももう少し突っ込んだ話を聞いてみたかった。

 と、思ったら、将棋界の才女・林葉直子がちゃんと言ってくれている。

〔林葉「昔のようにどこの家にも将棋盤があるような、そんな時代になってほしいと思いますね。そのために将棋連盟なり将棋界が力を入れる。そして女性の愛好者が増えて底辺が広がっていく、それが望ましいですね。ファミコンに負けたら絶対、駄目」〕

 羽生と林葉、という若き将棋界のリーダーがちゃんとファミコンの脅威を意識していることは大いに心強い。願わくば、他の関係者も危機意識を持って、将棋界を見つめてほしいもの。

 林葉直子の発言で面白いのは、

〔林葉「棋士の奥さんは美人が多い」小川「本当に。野球界みたいね」〕

 鋭いところを突いた林葉とそれを受けて、野球界みたいね、と言った小川誠子も頭がいい人だ。どうしてか、という突っ込みは聞いてみたいが、お二人の立場では無理だろう。

 さてシンガリだが、米長-藤沢秀。前作にも藤沢秀は出演していてこの時の相手は芹沢だった。秀行先生のお酒の相手ができる人物かどうかが選ばれる基準のようである。それだけ聞き役を選んででも、秀行先生が出る出ないかで本の売れ行きが違うと判断しているのであろう。

 内容は―。途中からお酒が回ってきて多少話が揺れるが、それはそのまま正確に記されている。

(中略)

 欲をいえばキリがないが、もう少し時間をかけてコクを出す作業(編集の段階で)をしてほしかった。しかし、こういう手間のかかる対談集が出て、ある程度売れるということがとても嬉しいことである。ともすると”強くなるための本”ばかりに目がいくが、楽しむ本、心に余裕を与える本が成り立つ状況を広げることが、ファミコン時代での大きなテーマであろう

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「皆、いっせいにファミコンのほうに手を上げた(笑)。(略)ある程度のところまでいけば、魅力がわかるんでしょうが、そこまでどうひきつけることができるか」

将棋がファミコンに負けないような世の中の流れとなったのは、1995年~1996年の羽生善治七冠フィーバーが非常に大きいと思う。

ファミコンをどうこうしようと思ってやっていたわけではないけれども、羽生九段が一局一局の将棋を真摯に指してきた積み重ねが、ファミコンに負けない世界を築き上げたのだと思う。

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自宅マンションにて。将棋マガジン1990年12月号グラビアより。撮影は弦巻勝さん。

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