「谷川さんでしょう?!あちらは羽生さん?!まさかこんなところでお目にかかるとは思いませんでした」

近代将棋1991年1月号、炬口勝弘さんのフォトエッセイ「ライン下り」より。

 翌日はライン下りを楽しんだ。

 羽生、谷川の両対局者も、昨晩までの熱戦などまるでなかったかのように、その表情は晴々としていた。

 ヨーロッパでの初タイトル戦、ドイツのフランクフルトでの竜王戦第1局が終わった翌日、両雄は、立ち会いを務めた二上、大内両九段や読売新聞の関係者らと一緒に、ワインの町、リューデスハイムへとバスで向かった。

 船が出るまで、しばらく街中を散策した。美しい街で、つぐみ横丁と呼ばれる通りなどは両側にみやげ物店や、洒落たカフェなどが並んでいて、ちょっと東京の竹下通りのような感じだった。

 汽船場では、日本からのツアー客と出会った。

「谷川さんでしょう?!あちらは羽生さん?!まさかこんなところでお目にかかるとはおもいませんでした」

 将棋ファンはもとより、そうではないご婦人方からも、両雄は何度も一緒にカメラに収まるのをせがまれていたが、すでに仕事を終え、気分はすっかり物見遊山の二人は、気軽に応じていたものだった。(それにしても、第1局を落としながらも、終始にこやかだった羽生竜王というのは凄いと思った。まあ、第1局だからよかったのかもしれないが……)

 ドイツの父なる川といわれるライン川。源をスイスの山奥のザンクトゴッタルドに発し、フランスとドイツの国境を流れてドイツに入り、北はオランダのロッテルダムから北海へと流れ出す全長1.320キロの悠大な国際河川だが、その半分以上がドイツを流れているせいで、ラインといえばドイツ、ドイツといえばラインのイメージが強い。

 レストランやデッキのある豪華客船で、その川を下った。

船上の両対局者。(近代将棋同じ号、撮影は炬口勝弘さん)

 美しい古城が山の上に次々と現れては消える。川の中にも城があった。最初、遠くから見ると、ポッカリと船が浮かんでいるように思えたが、近づくと、それは城で、中洲の中に立っていた。

 ホテルになっている城もあった。船上でワインやビールを飲みながら、そんな景色を眺めていたのだったが、そんなホテルに何日か泊まってボーとしていることができたら最高だなとも思った。

 黄色く色づいたぶどう畑が美しかった。

 船が、ローレライの岩に近づくと、かの懐かしいローレライの歌が船内に鳴り響いた。ハイネの詩にフリードリッヒ・ズルヒヤーが曲をつけた歌である。岩の上には、ドイツの国旗が、日を浴びてはためいていた。

ローレライの岩の前の羽生善治竜王(当時)(近代将棋同じ号、撮影は炬口勝弘さん)

 ザンクト・ゴアルスハウゼンで下船した。約2時間の船旅だった。河畔ののどかな街はあおの木立の姿形など、ちょっと北海道を思わせた。そこで昼食を済ませた後は、バスでローレライまで引き返し、こんどは丘の上からライン川の眺望を楽しんだ。

 そして再び乗船したリューデスハイムに引き返し、今度はロープウェーで丘の上の展望台、ニューダヴァルトに登った。そこには1871年のドイツ統一を記念して建てられたゲルマニアの女神の巨大な記念碑がそびえ立っていたが、それより、途中の景色がすばらしかった。しかも、二人乗りのゴンドラに、なんと谷川王位と向かい合ってだった。

ゴンドラの上の谷川浩司二冠(当時)(近代将棋同じ号、撮影は炬口勝弘さん)

 ゴンドラは黄色い海のようなぶどう畑をゆっくりと登っていく。遠くにライン川が日を浴びて逆光の中でキラキラと輝いている。谷川王位も、コートのポケットからカメラを出して(当然そのカメラは、兄上の勤めるリコーのものだ)パチリパチリとシャッターを押していた。

 まるで夢を見ているような光景だった。

通訳の女性から「ドイツ式の挨拶を教わり大いにテレる王位」とキャプションがついている。(近代将棋同じ号、撮影は炬口勝弘さん)

 翌日は、みな帰国の途についた。

 しかし、せっかく来たのだからと、僕はたった一人でベルリンへ向かった。そしてオランダ・フランス・イギリスと回って1ヵ月ぶりに祖国へ戻ったら、なんと竜王戦はもう4局目。しかも羽生竜王が0-3でカド番を迎えて戦っていた。想像さえできない事態だった。間もなく第5局も始まる。一矢を報いた羽生、この後どう戦うか、谷川、一気に決めてしまうのか。

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谷川浩司二冠、羽生善治竜王、二上達也会長。下方の川はライン川。(将棋世界1991年1月号、撮影は弦巻勝さん)
ぶどう畑を横断するリフトから手を振る羽生善治竜王。一緒に乗っているのは、師匠の二上達也会長。(将棋世界1991年1月号、撮影は弦巻勝さん)
リューデスハイムの丘にて。(将棋世界1991年1月号、撮影は弦巻勝さん)

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対局の翌日のライン下り。

竜王戦初の海外対局だったということもあるが、写真を見ていると、このような思い出作りも良いものだなと、強く感じさせられる。

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昔、ライン川を航行してローレライ付近を通りかかると、岩の上から少女の歌声が聴こえてきて、そのあまりの美しさに舵を取るのも忘れてしまい、船は水没してしまう。これがローレライ伝説。

実際に、昔のローレライ付近は川幅が狭くて流れが速く、更には水面下に多くの岩もあって、多くの船が事故に遭ったという。(現在は川幅が広げられている)

Wikipediaの記述によると、ローレライ伝説にはいくつかのバリエーションがあり、「多くの話に共通するモチーフとしては、ローレライとは不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女であり、水の精となった彼女の声は漁師を誘惑し、破滅へと導くというものである」だという。

普通に考えると、その場所で自殺した女性が強力な地縛霊となり、通りかかる船に害を及ぼすという、まさに心霊スポット的な話になるわけだが、それを妖精伝説として作り上げるところが、さすがヨーロッパだ。

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この時の谷川浩司二冠(当時)による紀行文。

谷川浩司王位(当時)の不思議な味の紀行文