将棋世界1991年2月号、羽生善治前竜王(当時)の連載自戦記〔第12回勝ち抜き戦 対 佐藤康光五段〕「鮮やかな寄せ」より。
今月は勝ち抜き戦、佐藤康光五段との一戦を見て頂きたいと思います。
佐藤五段は夏の王位戦で谷川王位とフルセットの死闘を演じ、惜しくも敗れましたが、その実力は非常に高く評価されている強豪です。
また、佐藤五段と私は奨励会が同期で、研究会でも何十番と指しており、手の内はお互いに知り尽くしているという感じです。
非常に落ち着いた将棋を指す棋風で、序盤巧者としても定評があります。
(中略)
佐藤五段の得意戦法は相矢倉なので本局もそうなると思っていたのですが、なんと角換わりでした。
佐藤五段とはずいぶん指しましたが、角換わりの将棋を指した記憶はないのです。ですから、3手目に▲2六歩とされた時は「あれ、佐藤君が珍しいな」と思いました。
そして、この対局の数日前、竜王戦第3局で私が角換わりで負けているのを思い出し、そうか、新しい対策を見せて下さいと佐藤五段は言っているのかな、それとも今後の竜王戦でも角換わりになる可能性が高いので、その参考になるように指してくれたのかな、などと色々考えていたのですが、実際の所は本人に聞いてみないと解りません。
(以下略)
* * * * *
* * * * *
「佐藤五段と私は奨励会が同期で、研究会でも何十番と指しており、手の内はお互いに知り尽くしているという感じです」
羽生善治竜王と佐藤康光五段と森内俊之五段は、島朗七段が開いている島研究会のメンバーだった。(タイトル・段位は当時)
上の写真は、この対局が行われる少し前の頃のもの。
* * * * *
「そうか、新しい対策を見せて下さいと佐藤五段は言っているのかな、それとも今後の竜王戦でも角換わりになる可能性が高いので、その参考になるように指してくれたのかな」
この時点で、羽生竜王は竜王戦七番勝負で0勝3敗だった。
きっと、両方の意味合いがあったような感じがする。
もちろん、羽生前竜王が書いている通り、実際のところは本人に聞いてみないとわからないわけだが。
* * * * *
とは言いながらも、羽生前竜王が佐藤康光五段に聞くはずもなく、また、佐藤康光五段が将棋世界のこの記事を読んだからといって、自発的に「あの時はこういう気持でした」と羽生前竜王に話すはずもないと思う。
それが勝負師同士の距離感だ。