「私がこんないい手指したのに、ずるい。私がお客さん楽しませたのに、賞金もっていっちゃってずるい」

素晴らしい自戦記。

将棋世界1985年1月号、小野修一五段の第15期新人王戦第2局〔対中村修六段〕自戦記「返してもらった70万円」より。

<何を思ったか>

 将棋観などというと口はばったいけれどもそれは自分自身の人生観であり、百人の棋士がいれば百の将棋観があると思うのだ。今回は自分の将棋観と中村君の将棋の質というものを中心に、新人王戦第2局を通して勝負というものの本質を考えていきたい。

(中略)

 今年度の新人王戦決勝三番勝負は、第13期と第14期の優勝者で争われ、結果は大方の予想を裏切り私の2連勝で幕を閉じた。ただ今期に関しては中村君をいままで苦手にしていたにかかわらず(1勝4敗)、負けると思っていなかった。

 これは強がりではない。正直そう思っていたのである。

 これからその理由をのべる。

<かっこうの良さ>

 将棋というのはいろいろな指し方がある。覚えたばかりの人は自由奔放だが、強くなるにつれ定跡を覚えそれに拘束されるようになる。勝ち方もだんだんかっこういい手、かっこうのいい勝ち方を覚えるとそれに味を占め陶酔してしまう。だれしもそういう時期はあるだろう。事実奨励会時代から四段になって数年間というのは将棋とはそうやって決めるものだという意識が私にもあった。

 参考1図を見ていただきたい。

これは昭和56年の十段戦4回戦、相手も中村君、ここで私は天来の妙手▲3五銀を放って、以下△同銀▲5三角成△6一玉▲3五馬△同飛▲2四飛△3一角▲3二銀。いかにもほれぼれする手順で今の私からとても考えられない。こういう勝ち方の好きな鈴木(輝)六段なら負けても本望であろう。

<意志が手を呼ぶ>

「意志が手を呼ぶ」以前金子九段がこのようなことを書かれていた。前の図面なんか本当にそうだ。好手を指してかっこう良く勝ちたいという気持ちがこの局面を作り上げ、作ったような好手を指し優勢になった。ところが勝ったのはだれか。中村君なのだ、私がこんないい手指したのに、ずるい。私がお客さん楽しませたのに、賞金もっていっちゃってずるいよう。この一件以来私は、妙手を必要とする序盤の組み立てはしなくなった。

<中村将棋>

 中村君の序盤はうまくない。というより、受け身に回るのが好きなのである。というより型通りの攻め合いの将棋が苦手なのだ。さらに言えば、そういう気持ちにならないのだろう。「ここよこせ」「ハイ」「ここもよこせ」「ハイ」。そういうことを繰り返しながらそれほどは取られていない。そのうち持ち時間と中終盤の足腰の強さを利用して逆転させる。本譜の4図においては後手の作戦勝ちであるが、残り時間において△2時間対▲3時間。千日手を避けるのは本来は先手の責任なのに、持ち時間の使い方で責任を相手に押し付けてしまった。本当に勝負に辛いのはいつもながら感心する。

4図以下の指し手
△8六歩▲同銀△8五銀▲7五銀△同角▲同歩△7六銀打▲5八銀△6七銀不成▲同銀△7六金▲同銀△同銀▲5八角(5図)

<70万円>

 ここでざっと本譜の進行を追ってみよう。本局は中村君のひねり飛車を予想した。最近は矢倉で上位棋士に勝っているのであるいは矢倉かと思ったが、飛先不突矢倉は意外であった。

 先手の雀刺し模様からの▲4六歩、これが問題の一手でここは▲3七銀から▲2六銀~3七桂が飛先不突矢倉らしい攻撃態勢。ただこの将棋に関しては、どうこられても作戦負けしない、つまり一局の将棋だが、そうする自信はあった。おそらく▲4六歩と突いた中村君、ことこの将棋に関してはそこまで洞察して序盤の組み立てはしていない。つまりこの形においては序盤の質量は、私の方が勝っていたから▲4六歩と指したと思う。それをとらえて7筋から一歩交換して後手番としては十分な作戦勝ち。

 ただ4図からの△8六歩は少し無理だが、時間切迫のおり千日手にはしづらい。そこでまた70万円の勉強のつもりで攻める側のもつ勢いに期待した。ただ▲5八角と打たれた5図では自信がなかった。

5図以下の指し手
△7七歩▲同桂△8七銀成▲同金△8六歩▲8三歩△同飛▲8五歩△8七歩成▲同玉△8六歩▲同玉△7八金▲5七角△5五歩(6図)

<勝負>

 私は割りと、勝負に関する本を読んだり考えたりするのが好きで、江崎誠致さんの「盤側の風雪」碁の勝負をあつかった本だけれども、これなど何度読み返したかわからない。その中に「勝負を決する一瞬」という言葉が出てくる。

 碁の橋本宇太郎九段といえば昭和の名棋士だが、その人が大盤解説のときしゃべった「勝負とは一瞬のうちに決まる」という言葉を土台に大山名人の将棋にふれ「一局の将棋には何度かのチャンスが訪れるもので、自分は初めのチャンスは見送って次のチャンスを待つことが多い。それを受けといえばいえるが、ただ受けるだけではない」といった大山名人を、引き絞った弓をもう一つ引き絞って矢を放つ姿といっている。勝負の決する一瞬を人目にも鮮やかにとらえるか、忍の中でとらえるか。それはそれぞれの棋士の才能の質によって異なるにちがいない。

 林海峰は誰の目にも触れない深い世界でその作業をあやつっているのではないか、いささか神秘的な考察にすぎるきらいはあるかもしれないが、そうした不思議な才能が林海峰にはあるように思えてならない、といっている。

6図以下の指し手
▲同歩△7七金▲7四銀△6七銀▲同角△同金▲8三銀成△4七角▲1四歩△同歩▲1二歩△同香▲1三歩△同香▲2五桂△2九角成▲8一飛△3一桂(7図)

<人柄>

 本譜にもどろう。二枚角を自陣に並べたあたりでは先手の方が良さそうに見えるが実際はいい勝負なのだろう。局後問題になった▲8三歩も難しい所で、▲8五歩と打っても△8七歩成▲同玉△5五歩でそれなりに手が続く。△7八金▲5七角に△5五歩が好手だった。これは本譜の進行を見てもらうとわかるように、▲8三銀成に対し(角を取らずに)△4七角と打つ読みである。

 このあたり私は勝ちを読み切ったけれども、記者室の検討は最後は正義(中村君)が勝つということだったらしい。なるほど人柄が良いとは素晴らしいことだ。

7図以下の指し手
▲1三桂成△同桂▲1四香△2四銀▲1三香成△同銀▲2五桂△8三馬▲1三桂成△同玉▲1四歩△2四玉▲3五銀△3三玉▲2二銀△同玉 (投了図) 
 まで、118手で小野の勝ち

<終わりに>

 中村君とは6年前、私が四段、彼が初段の時から研究会で指している。私が大幅に負け越している。率にすると私の2勝8敗ぐらいだろうか、この対戦成績、むろん中村君は時間の使い方もうまく勝負に辛いからこうなったのだが、その中でも私自身が中村君の強さを正直に見つめられない。これがまずかった。勝っている方が弱い、むろん微妙な相性もあるが、そんなことは勝負の世界では考えられない。

 つまり私は自分に都合の悪いことには目をつぶってしまったのだ。女性が常に自分を美人と見ようとする心理と同じである。それがお互い公式戦で争うようになり、王位リーグ入り、十段戦4回戦、全日プロベスト8入り。この大切な勝負をことごとく失うはめになる。

 ただこの新人王戦に限り中村君は好調ではなかった。参考2図を見てもらいたい。

 ここは酷評された局面で、▲1五桂△2二玉▲2四歩と打てば簡単な寄せだった。むろん弱いから読めない問題意識をスリ変える気はないけれど、相手を信用して、もっと細かい受けの手順を用意しているととらえ、▲1五桂を突っ込んで読まなかったのも事実である。局面を見ていながら局面を読んでいないのである。私も威張れたものではないが、今期中村君が好成績をあげているけれど、不調とみるのはこの手順に対する受けが用意されていないのだ。そんな雑な将棋ではなかったはずである。

 本譜は△4七角に受ける手はなくなっているので端攻めの勝負で、流石に一番いやなことをやってくる。△3一桂の受けでは△2四銀▲4一銀△2五銀▲同歩△4二金引でも残っていた。こちらは▲3二銀成△同金▲3三銀以下詰まされると思っていたけれど一枚足りない。こちらの手順がスッキリしていたが、△3一桂も勝ちを読み切って打った手であり、勝負とは勝つか負けるかなので、正しい勝ち方という考え方はあまり好まない。

 坂田栄男の天下が続くと見られた囲碁界で、それを負かした林海峰は、粘りの碁とか言われて評価が低かった。それを正しく評価したのが現在の覇者、趙治勲である。その評価は他人の見えないところを見ているという感じが強かったが、この誰の目にも触れない深い世界をあやつっていたのが、一時代前の将棋界では大山名人であり、周囲がどうやっても勝てなかったのは、大山名人の芸の高さもさることながら、負けた理由がわからないということにその根本原因があったのではないか。中村君の強さが計りづらいのはそれと同じ側面をもっているからではないだろうか。

 本局私の2連勝はそれなりに世間に強いインパクトを与えたかもしれないが、私自身は自分の強い部分も弱い部分もよく理解しているので、たまたまいい巡り合わせが来たと思っている。それと今回の私の勝因は、中村将棋の強い部分というものを、外見にとらわれないでよく考えたこと、これに尽きる。

 これで今まで取られっぱなしだった賞金額が約70万円、今回も同額ぐらいの差額がありやっと取り返した。対戦成績も互角に近くなってうれしい。中村君の強さは十分に理解したので中村君もこれからは相手を甘く見ず、なおかつお手柔らかにお願いしたい。

 それと今回は三番勝負自体に両対局者外の周囲の思惑が入り過ぎたようで、図々しい私が勝ってしまったが、本当はもっと静かな気持ちで将棋を大切に指したかった。勝負以外には人柄のいい中村先生には、また研究会で教えていただきたいと思っている。

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非常に面白い自戦記。

故・小野修一八段の自戦記で最も有名なのは「もぐらだって空を飛びたい!」(「将棋自戦記コレクション (ちくま文庫)」に収録)だが、この「返してもらった70万円」はその2年前の自戦記。

「もぐらだって空を飛びたい!」に勝るとも劣らない自戦記だと思う。

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参考1図からの▲3五銀は、滅多に見ることのできない、まさに内藤國雄九段の「妙手探し」に出てくるような華麗な一手。

このような手が指せれば、私などは一生の思い出のうちの一つに入ってしまうだろう。

しかし、プロの場合は事情が異なるということになる。

 

 

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