将棋世界1991年4月号、羽生善治前竜王(当時)の連載自戦記〔第24回早指し戦 対 大山康晴十五世名人〕「20秒の危機」より。
今回は早指し戦、大山十五世名人との将棋を見ていただきます。早指し戦は40手目までは持ち時間各10分、それからは1手30秒という文字通り早指しです。
考慮時間などはない為、1回気が狂ってアワワになるとそのままズルズル土俵を割ってしまうケースもあります。
しかし、二転三転という感じのスリルがあって、それは長時間の対局では味わえません。大山十五世名人については改めて説明する必要はないと思います。
偉大な名人とだけ書いておきます。
(中略)
大山十五世名人の振り飛車の傾向としては、先手なら三間飛車、後手なら四間飛車が多い様です。
しかし、本局は中飛車、僕はちょっと意表をつかれました。もっとも大山十五世名人はとてもデータなどでは計り切れない物を持っているようですが……。
ある先輩棋士の言葉(誰が言ったかは忘れてしまいました)。
「大山名人は毎回同じ様な振り飛車をやっているようだけれども、実は毎回毎回工夫して微妙に違う形を指しているんだ」
僕はこの言葉が印象に残っています。
さて、今回はどんな作戦を見せてくれるのでしょうか。
(中略)
対振り飛車には急戦、左美濃、穴熊、玉頭位取り、色々と対抗策はありますが、今回は後手番なので、一手の遅れの差がつきにくい持久戦の穴熊を採用することにしました。穴熊については賛否両論、色々な意見があると思いますが、僕個人としては優秀なら採用し、駄目ならやめるつもりです。とりあえず負けにくいからだとか、実戦的だからという理由では使いたくありません。
ところで、後日、この将棋を研究会で見せた所、△1二香を見て「25歳以下の人間は穴熊などやらず急戦をやらないと」と笑いながら言われましたがその場所にいたメンバーはみんな穴熊をやったことのある前科持ち?だったような気がするのですが、気のせいでしょうか。
(以下略)
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「考慮時間などはない為、1回気が狂ってアワワになるとそのままズルズル土俵を割ってしまうケースもあります」
この表現が絶妙だ。
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本局は、羽生善治前竜王(当時)が勝っている。
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「穴熊については賛否両論、色々な意見があると思いますが、僕個人としては優秀なら採用し、駄目ならやめるつもりです。とりあえず負けにくいからだとか、実戦的だからという理由では使いたくありません」
居飛車穴熊に限らず、これが、現在に至るまでの羽生善治九段の将棋を貫いている心なのだと思う。
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「25歳以下の人間は穴熊などやらず急戦をやらないと」と言われたのが、当時、羽生善治前竜王が所属していた島研究会(島朗七段、佐藤康光五段、森内俊之五段)でのことなのか、森研究会(森雞二九段、小野修一七段、森下卓六段、森内俊之五段、先崎学五段)でのことなのか、あるいは他の研究会でのことなのか。
最も言いそうなのが、先崎学五段(当時)であることは間違いなさそうだ。