将棋世界1991年5月号、羽生善治棋王(当時)の連載自戦記〔第24回早指し戦決勝 対 加藤一二三九段〕「33手目の敗着」より。
今回は早指し戦の決勝、加藤一二三九段との一戦を見ていただきます。
私にとって早指し戦の決勝は初めての進出です。
しかし、このテレビ東京でやっている早指し新鋭戦では2回準優勝なので、今回こそはと思っていたのですが……。
加藤(一)九段については”神武以来の天才”とか”一分将棋の神様”など色々な評価がされている大棋士です。
この早指し戦でも過去2回優勝されています。
(中略)
加藤(一)九段の棋風から当然じっくりした将棋になると思っていたのですが、何と加藤先生の注文で横歩取りになりました。
私自身、まったく予想していない出だしで意表を突かれました。
そして、こういう一番であまり指したことのない形で来るとは大胆だと思いました。
しかし、私は横歩取りは若干先手が良くなるのではと思っているので、迷わず取りました。
1図で後手の作戦が決定します。
私は何をやって来られるのか楽しみにしていました。
1図以下の指し手
△3三桂(2図)加藤先生の作戦は△3三桂戦法でした。
この作戦は手将棋模様にして、先手の歩得を生かさせない、早く攻撃態勢が敷けるという利点があります。
しかし、その反面大変激しい変化も避けられないこともあって、研究していないと指しこなせない意味もあります。
2図での先手の候補手は▲2四飛、▲8七歩、▲3六飛、▲4八玉、▲5八玉の5つが考えられます。
激しい変化になる順番に候補手を挙げています。
特に▲2四飛、▲8七歩は勝因にも敗因にもなりかねない一手です。
まだ序盤の17手目ですが、重大な岐路だと思います。
2図以下の指し手
▲3六飛△8四飛▲2六飛△2五歩(3図)▲3六飛は第一感の平凡な手ですが、次の▲2六飛は恐い一手です。
何故なら直ちに△4五桂の筋があるからで、それなら▲5六飛と対応して以下大乱戦になります。
そんな展開を予想しあれこれ読んでいたのですが、指された着手は△2五歩でした。
私はこれを見て少し安心し、そして、もしかしたらポイントを稼げたのではと思いました。
専門的になるのですが、ここに歩を使ってしまうと数十手後に駒組みが完成して攻撃という時に後手には歩が1枚しかない為、攻撃できないということになりそうなのです。
しかし、ここで安心してしまったのが私の甘い所でした。
3図以下の指し手
▲5六飛△4二銀▲4八玉△1四歩▲2七歩△1三角▲3八玉△4四歩▲4八金△4五歩▲7五歩△6二玉▲7六飛△4六歩(4図)普通に組み上がれば作戦勝ち、私はそんなふうに考えていたので、注意力が散漫になっていた様です。
それにしても雑な指し方で自分でも呆れます。
同じ手を指すにしてももっと腰を落として慎重にならねば。
▲7六飛が手拍子の悪手、すかさず△4六歩が機敏な一手です。
見落としたことより危険を感じ取ることが出来なかったのが残念。
4図は先手が一本取られている感じです。
家に帰って所司五段の「横歩取りガイドⅡ」を見ました。
4図とほとんど同じ局面が出ていて危険と書いてありました。
4図以下の指し手
▲4六同歩△4五歩何はともあれ、▲同歩しかありません。
ここで後手も指し方が色々とある所です。
まずは△8六歩、▲8五歩△同飛▲7七桂△8四飛▲8五歩△4四飛となればうまいのですが、▲7四歩△8七歩成▲7三歩成△同桂▲6六角の大決戦で難しい勝負。
次に△8八飛成▲同銀△6五角が考えられますが、▲5六飛△4五歩▲7七桂となれば大変ですが、△4五歩では△3六歩が好手筋で先手がつぶれているようです。
▲同歩は△8八飛成▲同銀△6五角▲5六飛△4五桂で先手がつぶれています。
(中略)
8図以下は勝負所がないので、指し手のみ記します。
最後、王手竜取りをかけられて投了図では大差になっています。
この将棋は序盤で△4六歩の先制攻撃を軽視していたのが全てでした。
その先は、難しい所はあったものの、勝ちにくい流れになっているのでしょう。
対局後、表彰式があり、その後に打ち上げがありました。
準優勝とはいうものの気分は晴れませんでした。
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「2図での先手の候補手は▲2四飛、▲8七歩、▲3六飛、▲4八玉、▲5八玉の5つが考えられます。激しい変化になる順番に候補手を挙げています」
細かい変化はわからなくても、それぞれのその先を知りたくなる、とてもワクワクとする書き方だ。
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「専門的になるのですが、ここに歩を使ってしまうと数十手後に駒組みが完成して攻撃という時に後手には歩が1枚しかない為、攻撃できないということになりそうなのです」
横歩取りなので細かいことはわからないけれども、やはり、このような書き方も嬉しい。
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「見落としたことより危険を感じ取ることが出来なかったのが残念」
これは、動物的本能というか棋士的本能が働かなかったことへの後悔。
五感を超越した第六感の世界と言うこともできるだろう。
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「家に帰って所司五段の「横歩取りガイドⅡ」を見ました。4図とほとんど同じ局面が出ていて危険と書いてありました」
棋士が、他の棋士の書いた棋書を調べるというと意外な感じがしてしまうが、たしかに、棋士の家に棋書が一冊もないということは不自然なわけで、このようなことも珍しくはないのかもしれない。