究極の盤外作戦

将棋マガジン1992年3月号、米長邦雄九段の「第4期竜王戦七番勝負 シリーズを総括する」より。

将棋マガジン1991年8月号より。撮影は中野英伴さん。

 振り返ってみて、森下六段にとって惜しまれるのは七番勝負の前半戦である。

 とにかく、開始の時には王座を福崎八段に奪われるということもあって、谷川竜王もやや気落ちしていたに違いない。

 第4局を終わった時点で森下六段は2勝1敗1持将棋とリードはしていたが、内容からすれば4対0でもおかしくなかったのである。

 ここで決定的に叩いておかねばならなかった。

 それにしても、第5局以降の谷川竜王の立ち直りは素晴らしかった。

 この頃には棋聖戦の挑戦者にも決まり、しかも出だしに2連勝という快進撃である。おまけに王将リーグのプレーオフときた。

 結果的に森下六段が谷川竜王の運気を決定的なものにしたと言えるかもしれない。

 シリーズの前半戦においては森下六段の序盤作戦の方がやや優位に立っていたのではないかと私は思うのだけれども、どうも第6局、第7局を見ると谷川竜王は完全に森下システムというものを吸収して、掃除機に吸い込んでしまった、という気がする。

 結局、森下先生が開発し、私も教えて頂いたこの森下システムを完全に谷川竜王に食われてしまった。

 こうしてすべての研究が、森下システムから角換わりから何から、谷川竜王のために1年間費やしたもの、という結果になってしまったのである。

 しかし負けたからといって、それで終わるわけではない。また、これで森下六段も一回りも二回りも大きくなって出直してくるだろう。

 困ったのは谷川竜王である。

 私はプレーオフで防衛直後に戦ったのだが、九分九厘勝っていた将棋を最後の最後でひっくり返されてしまった。そして、大晦日決戦にも勝って谷川竜王は王将戦でも挑戦者になったのである。

 全く手が付けられない。

 悪い女でも紹介して、カミさんになってもらうより他に手はあるまい。

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「悪女は、自分が愛する男だけには悪女ではない」という渡辺淳一さんの名言がある。

この究極の盤外作戦が通用する確率は、五分五分と言って良いだろう。