「将棋界に新しいスターが誕生した。郷田真隆、デビューしてわずか3年、C級2組四段の青年が、時の四冠王谷川浩司を向こうにまわし、押し切ってしまった。四段でのタイトル獲得は将棋界初のこと」

将棋世界1992年11月号、グラビア「郷田、四段で初のタイトル獲得」より。

王位獲得を決めた第6局。将棋世界同じ号より、撮影は弦巻勝さん。

 1992年9月9日、午後5時44分、将棋界に新しいスターが誕生した。郷田真隆、デビューしてわずか3年、棋界で最低位のC級2組四段の青年が、時の四冠王谷川浩司を向こうにまわし、押し切ってしまった。四段でのタイトル獲得は将棋界初のこと、一昔前では考えられない新記録の達成であった。

 やや苦戦ながらも、すべてをかなぐり捨てて単身入玉していけばまだまだ勝負のアヤはあるが、控室での検討はその一点に集中していた。しかし、継ぎ盤の研究とは裏腹に、谷川の指し手はいつも通りケレン味がない。あっさりと、そしてきれいに形を作り、パッと投げてしまった。淡白といえば淡白、しかし、悪粘りを潔しとしない、谷川らしい清潔感ある指しっ振りである。

 投了直後の対局室。カメラのフラッシュを浴びながら、興奮のためか、郷田は声にならない声を絞り出すように一言一言を語る。さすがの端正なマスクも、何度かひきつったようにも見えた。

 郷田はその現代風の甘い風貌に似合わず、剛直な男である。話題の長考についても、納得のいかないまま指すのがいやだから、とことん考えると語る。性格は単純、と自らを分析、悪いことはすぐに忘れてしまうことが今度の幸運に役立ったのでしょうという。ただ、シリーズを通して、少しも動揺したところが見えなかったがの記者の問いには、それは外面だけで内心は動揺のしっ放しでしたと、笑顔をみせていた。

 頑固さと同居する思考の柔軟性、羽生善治を筆頭とする、現代のシンデレラボーイ達の最大の武器を、最後のチャイルドブランドといわれる郷田もしっかりと兼ね備えている。

 升田幸三が対局拒否し、大事件の舞台となったこの陣屋で、また棋界の新しい一頁が加えられたのである。

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 対局終了後、郷田は中村修七段らと雀卓を囲んだ。シリーズの緊張がやっとほぐれてきたのか、心から楽しうな笑顔を振りまく。”星の王子”とは原田九段の命名である―

将棋世界同じ号より、撮影は弦巻勝さん。

翌朝、色紙に揮毫する郷田王位。将棋世界同じ号より、撮影は弦巻勝さん。

対局の翌朝。将棋世界同じ号より、撮影は弦巻勝さん。

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将棋世界のこの号では、「ニューヒーロー誕生」ということで、グラビアが8ページ、郷田真隆王位の自戦記が9ページ、特集されている。

表紙には「”星の王子”出現!! 郷田真隆、新王位に」。

また、グラビアの余白部分には、

「Le Petit Prince Masakata Goda」

と、フランス語筆記体で書かれている。

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このすぐ後、郷田王位は第1期銀河戦で優勝しており、まさに「星の王子」的な展開となった。

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しばらくしてから、四段と五段は「タイトル挑戦で昇段」と規定が変わったので、四段でのタイトル獲得は、この時が最初で最後のケースとなっている。

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この時点で、タイトル保持者は、谷川浩司三冠(竜王・棋聖・王将)、中原誠名人、郷田真隆王位、福崎文吾王座、羽生善治棋王。

郷田王位誕生に続いて、羽生棋王は、この年の秋から冬にかけて、王座、竜王を奪取することになる。

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郷田真隆王位(当時)「一生懸命戦った十番勝負」(前編)

郷田真隆王位(当時)「一生懸命戦った十番勝負」(後編)