林葉直子女流二冠(当時)「この私が思わず赤面してしまうような言葉が将棋の中にもあることを知らされたのである」

将棋マガジン1992年4月号、木屋太二さんの第18期女流名人位戦第4局〔林葉直子女流名人-中井広恵女流王位〕観戦記「ファジー林葉 強運の逆転劇」より。

将棋マガジン同じ号より。撮影は中野英伴さん。

 林葉直子VS中井広恵。

 今季の女流名人位戦はライバル&親友の対決。

 対戦成績は39戦して林葉の20勝19敗とほぼ互角。名人・王将の林葉が二冠を守るか、王位の中井がさらに一冠を加えるか。

 開幕前の予想は、直子だよ、いや広恵だろうと真っ二つに分かれた。どこから見てもいい勝負の二人である。ところが、いざ、ふたをあけてみると……。

 第1局中井勝ち。第2局も中井勝ち。連勝で、あっさりと中井が名人位に王手をかけてしまった。

―林葉、精彩なし

―林葉、奇策におぼれる

―林葉マジック不発、カド番に

 こんな見出しが将棋各誌に躍った。

 五番勝負で2連勝2連敗のスタート。明と暗。よし、いけるぞの中井と、ヤバいかなの林葉。マスコミはすわ中井、名人復帰かと気の早いこと早いこと。

 中井も「第3局できめる」とコメントした。それで怒ったのか開き直ったのか、第3局は林葉が勝った。第1局袖飛車、第2局初手▲5六歩とパフォーマンスを見せた林葉が、この一局は向かい飛車から普通に美濃に囲って勝ったのである。

 モデルチェンジは見事に成功した。あるいは、それが中井にとっては意表だったか。

「負けたらしょうがないと思っていましたが、3連敗しなくて本当によかった。中井さんにも協力していただいて、一局でも多く指せたらうれしいです」

 林葉の笑顔が初めて見られたシリーズ第3戦。

 あれからちょうど1週間。同じ場所(東京将棋会館特別対局室)で再び対決する二人―。

(中略)

 定刻7分前、挑戦者登場。4月に出産予定の中井はデニムのマタニティドレス。

 その姿を見て報知新聞の観戦記担当の湯川恵子さんが「妊娠すると前が大きくなるタイプと後ろが大きくなるタイプがある。中井さんは背中が大きく見えるわね」と小声でささやく。

 4分遅れて名人入室。超ミニの金色のツーピース。例によって派手なスタイル。詰めかけた取材陣は、いきなりクラクラである。

中井「場所間違えてるんじゃないの」

林葉「これ、初めて着たの。かなり短いんでゲゲッとなっちゃって」

 顔を見合わせてハハハと笑う二人。

将棋マガジン同じ号より。撮影は中野英伴さん。

 この明るさ、気安さは林葉・中井戦ならではのもの。他の対局者、例えば清水がらみだとこうはならない。開始前からいきなり真剣勝負の雰囲気が漂ったりする。

 座ると、ヒザが10センチもとびだした。林葉は赤いハンカチでシャッターをおろす。

 第4局は林葉の先手。彼女の先手番は楽しい。面白い。定跡破りの手をいろいろ見せてくれるからだ。

 初手、▲9六歩、▲5六歩、▲3六歩、▲5八飛。

 林葉も周囲の期待に応えて、手を変え品を変えやるが、マジックはたまに使うと効果が出るもの。このシリーズでも中井に見破られて連敗スタートとなってしまった。

 それで本局は第3局に続いて「普通じゃん」の四間飛車。▲1八香で穴熊に作戦決定。

(中略)

 中井がストレートで勝負するピッチャーなら、林葉は変化球ピッチャー。▲4五歩がその手始め。

「穴熊って指したことないの。今日はこれでいこうって決めてたわけじゃなく、気がついたらこうなっていたということで……」

 ファジー林葉の局後感想。

 正体不明は今始まったことではなく、こちらもびっくりしないが、▲3七桂から▲1七銀には「……」、ただただ唖然とするのみだ。いったい林葉の感覚、頭の構造はどうなっているのだろうか。

2図以下の指し手
△8六歩▲同歩△7五歩▲2八飛△7六歩▲5九角△3五歩▲同歩△同角▲3六歩△1七角成▲同香△7七歩成▲同角△7二飛▲4六角△9二香▲1八玉△7六飛(3図)

「これはさすがに……」と中井がいった。終局後の話。負けられないという言葉があとに続くことは容易に想像できるだろう。

 林葉陣はパンツを脱いだ穴熊である。対して中井陣は一糸乱れぬ銀冠の堅陣。その差だけで、中井が早くも勝ちの予感を抱いたとしても不思議ではない。プロ棋士なら100人が100人、中井側を持ちたいと思うだろう。

 実際のところ、3七桂も1七銀もバックさせたいような駒である。林葉も「変な指し方だったかな」といったが、それでも決して失敗したとは思わない。

 なんとかなるさ、今までだってなんとかなってきたんだから……。

 ハッピー、楽天性。それが林葉の最大の強みである。

(中略)

5図以下の指し手
△4三金寄▲2二銀△同玉▲2三銀△同金▲4三馬△2九銀▲3七玉△2八銀▲4六玉△3四桂▲5六玉△6六金▲同角△同成香▲同玉(投了図)  
 まで、121手で林葉女流名人の勝ち

「林葉さんの負けですね」

「中井、名人復帰だ」

 控え室ではこんな声が飛び交った。

 指し手のほうも森内、中川、郷田らの研究ですでに結論が出ていて、攻めるなら△2八銀、受けるなら△4三金打でいずれも後手・中井の勝ちといわれていた。

(中略)

 中井が必死に追ったのは△7七成香の手順。

 これも局後、大山十五世名人を交えた検討で△2六桂以下の詰めろと分かり、中井勝ちと出た。

 つまり、この3手のうちひとつを指していれば中井に勝利の女神は微笑んだのだ。

 本譜は△4三金寄。嗚呼この手が敗着。すかさず林葉▲2二銀から▲2三銀と連打。▲4三馬と金を取って大逆転である。

「玉を追った時、△4五歩が逆王手になるのをうっかりした」と中井、これで△4三金寄と指した理由が分かった。

(中略)

 中井の敗因は、5図で勝ち筋がたくさんあったこと。

 それが迷う元になった。げに将棋は恐るべし。

 林葉直子はこうしてまたカド番を脱出した。強運ぶりかくの如しといった一局であった。

 これで2勝2敗のタイ。

 決着をつける第5局は2月17日。本誌が発売される頃には名人が決まっている。ニッコリ笑うのは直子か広恵か―。

別室で対局中の大山康晴十五世名人が感想戦に加わった。将棋マガジン同じ号より、撮影は中野英伴さん。

将棋マガジン同じ号より、撮影は中野英伴さん。

* * * * *

「場所間違えてるんじゃないの」

「これ、初めて着たの。かなり短いんでゲゲッとなっちゃって」

中井-林葉戦ならではの朝の光景。

上から2枚目の写真は、まさにそのような一瞬に見える。

* * * * *

「場所間違えてるんじゃないの」

一度使ってみたくなるような言葉だ。

男性の棋士の対局であれば、燕尾服やタキシードを着てきた場合に、そのように言われるかもしれない。

やはり、会社などの勤務先に燕尾服やタキシードや和服で行っても、そう言われることは必至。

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2図の▲1七銀と上がった局面、たしかに上がってみると、▲2八飛と回って後手玉の玉頭を攻めたくなってくる。

もちろん、せっかく組んだ穴熊から▲3七桂~▲1七銀とする発想はなかなか浮かばないわけだが。

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大山康晴十五世名人はこの時、竜王戦1組(対石田和雄八段)の対局の最中。

この一戦は、大山十五世名人が勝っている。

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「中井の敗因は、5図で勝ち筋がたくさんあったこと。それが迷う元になった。げに将棋は恐るべし」

財布に1,000円しか入っていなければ真っ直ぐ家に帰って幸せな日常が待っていたものが、財布に10万円あったばかりに、帰り道にどこかへ遊びに行ってトラブルに巻き込まれ、散々な目に遭うような現象。将棋においてはこのような事例がたくさん起きる。

* * * * *

この対局の前夜の写真がある。

羽生善治棋王と先崎学五段のC級1組順位戦ラス前の夜の検討風景。

1992年近代将棋より、撮影は弦巻勝さん。

植山悦行五段と中井広恵女流王位。中井女流王位は出産間近で翌日が女流名人位戦第4局。この日は連盟宿泊。植山五段が諸々のサポートをしていた。

写真の左端に写っているのは中原誠名人で、立ったまま、羽生棋王と先崎五段の検討をのぞき込んでいる。

この日は、森内俊之五段がB級2組への昇級を決めている。

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将棋マガジン1992年4月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

 注目されたのは屋敷-森内戦。当然控え室でも研究の中心になっていたが、継ぎ盤を覗くと、15図の局面だ。形勢は玉の固い屋敷が優勢という。

 誰かが「森内君は負けると、9勝1敗でもだめなの。かわいそうだなあ」と言ったがまったく同感。

(中略)

 それを屋敷は△8五桂と打った。

「いくらなんでも、おかしいよね」

 先崎は羽生を見た。

「意表、意表と出るのが屋敷流なんだろ」

 羽生が言うと、そういうもんか、と先崎はうなずいたが、屋敷が指したのでなかったら、辛辣な一言が出るところだった。

 すかさず▲6五飛の強手が出て流れが変わった。

(中略)

 最後の数手、森内は勝ちを確信して指した。その間の2、3分で心にゆとりが生じた。勝ったうれしさをかみしめながら指していたのだろう。

 屋敷が投げると、森内はうつ向いた。どうしたんだろうと見れば、彼の眼はうるんでいた。男性的な森内の顔に涙はよく似合う。こんないい場面を見たのは初めてのことである。負けて悔し涙をこぼす棋士はいたが、嬉し涙を見せた棋士はいない。

* * * * *

この女流名人位戦第4局については、林葉直子女流二冠(当時)も心境を綴っている。

近代将棋1992年4月号、林葉直子女流二冠の「直子の将棋エアロビクス」より。

 将棋にもお色気を!

 これは私がかねてから強く主張していたことである。

 桂馬のフンドシなんて言葉はあるが、これは色気のある用語とはいえない。

 桂馬はパンティとか、金のブリーフ、あ…、これはちょっと生々しいか…。

 ま、いずれにせよ、金や銀などカタそうな名前ばかりだから、それにホンワカ色気のある言葉などかぶせた諺など作ってみては…と私は常々思っていたのだ。

 ところが、つい最近になって、

「まあ!な、なんということを…」

 と、この私が思わず赤面してしまうような言葉が将棋の中にもあることを知らされたのである。

 しかしその言葉は、女流プロに対して言われてこそ色気があるのであって、男性棋士に対して言われてもドウモ…ね、うふふふふ…。

 ところで、この原稿は、女流名人戦が2勝2敗のタイとなった時点で書いている。したがって、この原稿が近代将棋に載る頃には、私は”前女流名人”が”現女流名人”かのどちらかである。

 もちろん、私は後者のほうでありたい。

 しかし、そんなことは現時点では神のみぞ知る、である。

 ”直子のエアロビ…”を目にされた時点で、もし私が前者の立場であったとしたら、直子は来期、必ずリターンマッチに登場し奪回できるようにがんばります。

 もし、運よく後者の地位に踏みとどまることができたなら、少しばかり後ろにふんぞり返っちゃおうかな…なーんて考えはよくない、よくない。

 ”実るほど垂れる稲穂かな”のたとえ通り、一層の精進をして、最強の女流名人になれるよう努力をします…、ハイ。

 今期の女流名人戦、私はのっけから2連敗してしまい、あせった。

 逆転が得意な私とはいえ、正直言って、広恵(中井女流王位)にタイトル戦で3連勝したことはないのだ。

 それがのっけから2連敗。

 私が女流名人位を守るためには、残りの3局を全部勝たなければならない。

 勝てるだろうか…。

 いや、とても無理だろう。それは過去の実績が物語っている…。

 ああ、これでまた女流名人位ともおさらばか…と―。

 そんなことを私が考えるとお思いだろうか。小説や映画にするなら、こんな場面で林葉直子は大いに苦悩しなければならないところだ。

 しかし、それは本物の勝負師なんかになれっこない繊細な神経の持ち主である小説家やシナリオライターなどの考えることだ。(もっとも、私も小説らしきものを書かせていただいていますが、繊細な神経を持ち合わせていないため、エッチなことを書いてゴマかしていますの、オホホホ…)

 私の場合、過去3連勝がないからといって、そんなことでひるむような女ではない。

 過去に3連勝がないなら、今度こそやってやろうじゃないのッ、と、とっさに考えてしまうのだ。(誰です?だからモテないんだ、と言っているのは…)

 これは私だけじゃないと思う。本物の勝負師なら、おそらく誰でもこうだろう。

 過去のデータなんか、本人にとっちゃ何の参考にもなりはしないのだ。

 大ゲサに言わせてもらえば、この一番だけが全人生を賭けた勝負なのだから。

 何連敗だの、勝率何割だのということは、前に向かって前進している者にとっては単なる足跡のようなもので、振り返ったからといって、別に何の益もないことなのだ。

 勝つときは勝つ。負けるときは負ける。

 勝負を前にして思うことはそれだけである。

 そんな考えだから、土壇場であるにもかかわらず、私は今回も自分にまったく経験のない戦法を採ってみた。

 穴熊戦法である。

 この戦法は、言うまでもなく王様を端っこに連れて行き、そのまわりを金銀でがっちりと固め、玉の堅さで勝負しようというものだ。

 私も、もちろんその戦法を採用しようと決めたときはそのつもりだった。

 ところが、棋風というものは恐ろしいもので、私の王様の潜り込んだ穴は、いつしか周囲の岩や壁をとっ払われてしまい、天井はポッカリと大きな穴をあけ、敵機の姿が間近に見え、味方の戦車が周りをごう音を立てて走り回るありさまとなってしまっていたのである。

 つまり、守りの要である桂や金銀が王様を離れて戦闘参加態勢をとり、王様からは遠く離れて戦うべき飛車が、王様のすぐ横に来て、戦闘を開始するといった常識破りの戦型になってしまったのだ。

 私は奇を衒ったのではない。

 なるほど、私はしばしば自分の勉強不足を補う意味で、序盤に常識はずれの手を指す。それは、相手の研究範囲内での戦いを避けようという意図からなのだが、今回はそうではなかった。

 カド番である以上、負ければこれが最後の一局となるのだ。

 ならば相撲の貴花田ではないけれど、正々堂々と正攻法で戦ってみよう。

 それで負ければ仕方がない。また一から出直すだけだ。そう考えたのだ。

 だから、7六歩、3四歩…とふつうの滑り出しとなった(これがニュースとして週刊将棋に取り上げられたのだから驚く!)。

 穴熊の周辺がそんな形になったのは、戦いの推移の過程においてそうなっただけのことである。つまり、奇を衒うというより、そういう形にしてしまうのが私の棋風とでもいうのだろう。

 さて、私のこの棋風が、超ド級のお色気戦法だったのである。

 対局終了後、X先生は、そのドギツイ言葉をいともあっけらかんと私に向かっておっしゃったのだ。

 それは、おそらく相手が私だったから言えたのであろう。

X先生「すごいね、直子ちゃん…」

私「何が…?」

X先生「だってパンツ脱いだだけかと思ったら股まで広げちゃって…」

私「えーっ!?」

 私は、一瞬あ然とした。

 将棋のこととは思わなかったからだ。

 X先生、目を丸くしている私を横目で見ながら、ニタリとしておっしゃった。

「ふふふ、穴熊でね、桂が早々に跳ぶことを『パンツを脱ぐ』と言うんだよ」

「じゃ、股を広げるって?」

 ちょっと頬をふくらませて先生を見た。

「ああ、それはね、穴熊のまわりの金銀が上にあがって行った場合、そう言うんだよ、あははは…」だって―。

 これからは、恥ずかしくって桂も跳べなくなりそうな林葉直子でした❤

* * * * *

「パンツを脱ぐ」がいつ頃から使われ始めた用語なのか定かではないが、この頃はほとんど一般的ではなかったことがわかる。

更にその進化形があることは、今回初めて知った。

* * * * *

「過去のデータなんか、本人にとっちゃ何の参考にもなりはしないのだ。大ゲサに言わせてもらえば、この一番だけが全人生を賭けた勝負なのだから。何連敗だの、勝率何割だのということは、前に向かって前進している者にとっては単なる足跡のようなもので、振り返ったからといって、別に何の益もないことなのだ」

これは名言だと思う。

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この期の女流名人位戦は、最終局に中井女流王位が勝って、女流名人位を奪取している。

中井広恵女流名人・王位(当時)の嘆き

 

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