近代将棋1995年1月号、中井広恵女流名人(当時)の「棋士たちのトレンディドラマ」より。
ご好評にお応えして(勝手に思い込んでいるが)もう1年ほど書かせていただくことになった。
しかし、広恵のなんでも講座は、もう講義することが無くなってしまったので、今度は「棋士たちのトレンディドラマ」と題しておおくりする。
まず今回は、先日行われた将棋の日のイベントから。
テレビでご覧になった方も多いと思うが、出場棋士紹介の時に、
「あまガエルのような山田久美二段です」
と神吉先生が言ったのを覚えているだろうか。実はこの久美ちゃんのグリーンのスーツには、裏話があったのである。
この将棋の日の2週間ほど前に、斎田晴子女流王将と山田久美二段と一緒に仕事をした。
その時に斎田女流王将に
「広恵ちゃん、将棋の日のイベント、どんな洋服着るの?」
と聞かれたのである。
「そんな先のこと、まだ決めてないよ。もしかして、晴子ちゃんもう決めてるの?」
そばにいた山田二段も目をパチクリさせ、次の瞬間、二人して大声で笑い出してしまった。
「だって、駒音コンサートに着ていく服も決めなきゃいけないじゃない」
駒音コンサートは2ヵ月も先の話である。さすがは石橋を叩いて渡る晴子ちゃん。
仕事の予定が入るたびに何ヵ月も前から作戦を練っているのだろうか。
(中略)
一方、私や久美ちゃんが、そんな何日も先の洋服まで決めるはずはなく、釧路へ発つ前日、やっと洋服選びにとりかかる。
晴子ちゃんはピンクが定番だから、ピンクを着ると信じて疑わなかった私は、市代ちゃんはパープルが多いし、久美ちゃんはブルー、さっちゃんと久津さんはモノトーンの洋服が多い……という統計から、赤い洋服を着ることにしたのである。
釧路に入り、空港でさっそく晴子ちゃんと久美ちゃんに明日の洋服の色を聞く。
すると晴子ちゃんは、
「私、赤い服着るって言ったでしょう」
そうだ、あの時、久美ちゃんと大笑いしていて、ちゃんと晴子ちゃんの話を聞いていなかったのだ。
「えっ、晴子ちゃんも赤なの?」
私が言おうとするセリフを何故か久美ちゃんが言っている。
嫌な予感がした。
「もしかして、久美ちゃんも?」
と私が聞くと、
「え、広恵も?」
我々三人は、10秒将棋で対局することになっているのだが、これじゃあ誰が指しているのか区別がつかないではないか(そんな訳ないけど)。
スーツの形は違うけれど、これでは色のバランスが非常に悪くなる。
肝心の10秒将棋の事など全く頭にないのだから、困ったものだ。
指導対局の会場からホテルに戻る車の中で、どうするかあれこれ話をしたが、今さらどうすることも出来ない。
ホテルに着いて、車を降りると、目の前に、ブティックが入ったショッピングビルがあった。
将棋の日当日、久美ちゃんの洋服が何故か緑色になっていたのである。
そして神吉先生のあまガエル発言。
「思ってても普通言わないよねえ。私は電話機をイメージしたんだよ。広恵は赤、市代ちゃんは黄色、久津さんが黒。やっぱり晴子ちゃんがピンクだったら良かったのに」
なんとも発想豊かな久美ちゃんだこと。
でも、久美ちゃんが機転をきかさなければ、我々三人は完璧に浮いていただろう。
女流棋士にとって、洋服は永遠の課題である。(そんな大袈裟でもないか)
囲碁の女流棋士に聞いたところ、やはり洋服には悩むらしい。
そこで碁の女流棋士の友人と思いついたのが、将棋女流棋士と囲碁女流棋士による、洋服バザー。同じ世界で交換するとすぐバレてしまうが、違う世界なら大丈夫というわけ。
でも、碁の女流棋士に、
「将棋の女流棋士は安物着てるわねえ」
なんて言われちゃうから、やめとこうと久美ちゃんと意見が一致したのである。
(以下略)
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上の写真を見ると、たしかに、赤い服が3人だったなら色のバランスが悪くなるであろうことは実感できる。
あるいは4人のアイドルユニットで、清水市代女流王位(当時)がセンターを受け持って一人だけ違う服、のようにも見えるだろう。
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共演の女流棋士が着てきそうな服の色を想定しなければならないというところが、言われてみなければ気がつかない、女流棋士ならではの苦労。
なおかつ、「この間のテレビでも同じ服着ていましたね」という厄介なファンもいたりして、その苦労は想像を上回るものに違いない。
→林葉直子女流王将(当時)「私たち女流棋士も紺の制服をびしっとキメて、将棋盤の前に勢揃い……!!これはいい」
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「ご好評にお応えして(勝手に思い込んでいるが)もう1年ほど書かせていただくことになった」
中井広恵女流六段の「棋士たちのトレンディドラマ」は、もう1年ほどどころではなく、このあと何年も続く。
歴代の面白い連載をあげろと言われたら、「棋士たちのトレンディドラマ」は十指に入ると思う。