なかなか自分の家に帰らない森雞二九段

将棋世界2004年7月号、写真家の弦巻勝さんの「あの日、あの時、あの棋士と」より。

 森さんは僕に会うと、自分の家に、なかなか帰らない。お酒を呑むと僕達は麻雀をしたくなる。

 で、だれかに電話して適当な雀荘で、これまた呑みながら麻雀をします。初めにお酒を呑むのが、例えば夕方だとすると次の日の朝方に麻雀が終われれば、比較的普通ですがたいていは、そうはならない。

 夕方に呑み始めて次の日の夕方、酒と麻雀が終わります。で、こんどは、改めて打ち上げの酒席、これがまた、なぜか2人なのに夜中になってしまう。

 で「そろそろ帰れば……」と言います。たいてい森さんは「帰らないよっ」と言います。

 仕方がないから僕はわが家に電話して、ま、しないときも有るけれど、2人でピンポンと鳴らします。森さんはわが家の奥様に、しっかりと自分の考えを伝えます。まずエビスビールが必要な事、朝のみそ汁はアサリかシジミで有ることなど、布団が羽布団が良いなどとは言わない。酔っ払っているから、そこまでは考えていないです。

 たまに気が付くのは「あ、そうそう、納豆と海苔が有るとなおさら良いね」なんて言います。

 僕も、その辺は同じ考えですから、何も言いません。

 僕たちはたくさん話をしていますが、ほとんどが内容の無いことで覚えている事は有りません。でも、呑んで居るときは熱が入っていますから、お互い口から泡を飛ばしながら、また朝まで語ります。雀荘では穴蔵みたいな所でやっていますから、朝だか夜だか解らなくなりますが、わが家は朝陽が当たるから、しっかりと納豆ご飯をエビスを呑みながら食べます。

 で、また「そろそろ帰れば……」「もう少し呑んでから、弦巻さん……ボート行こう」森さんは帰らないよ、とは言わない。

 僕はボートに行けば大金持ちになるような気がするので、ふらふら付いて行く事も有ります。最終レースまで僕たちは半分居眠りをしながらやるので当たりません。で阿佐ヶ谷あたりの居酒屋で反省会をやります。「なんか、負けたね」「うん、だめだったね」「呑みすぎたね」「こんなことしてるとさ、ダメになるよね……」「うん」「酒も麻雀も止めて、僕たちしっかりしないとダメだよね」「うん」

「あ、弦巻さん……来月沖縄行こうよ、沖縄でさ、青い海の中お魚さん見て、いいよ~お」「夜はさ、泡盛の古酒呑もうよ」「ま、とりあえずお互い元気出して乾杯しようよ」

 そうだね。森さんとお酒を呑むと死にそうになることもありますが、最後はいつも元気になります。

 

同じページに掲載されている弦巻さん撮影の写真のうちの一枚の一部。

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納豆ご飯を食べながらのビールが美味しいのかどうか、あるいはビールを飲みながらの納豆ご飯が美味しいのかどうか、これは想像がつかない。

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「なんか、負けたね」「うん、だめだったね」「呑みすぎたね」「こんなことしてるとさ、ダメになるよね……」「うん」「酒も麻雀も止めて、僕たちしっかりしないとダメだよね」「うん」

森雞二九段と弦巻勝さんの会話があまりにも絶妙だ。

 

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原田泰夫九段と塚田正夫名誉十段が飲んでいて、そのまま原田邸に行って飲み続け、なかなか帰りたがらなかった塚田名誉十段の事例もある。

他の業界でも立派にやっていけそうに見える棋士とそうではない棋士

弦巻さんの家も原田九段の家も、JRで言えば最寄り駅は阿佐ヶ谷。

阿佐ヶ谷には帰りたくなくなるような魔力が潜んでいるのだろうか。