人気急上昇中の三浦弘行四段(当時)

将棋世界1995年1月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。

 行方四段のインタビュー記事のなかに「羽生名人を追随するのは、ボクと三浦君だと思う」というのがあった。三浦四段は、それほど買われている。

 であるから、私もなにか聞いてみたいのだが、この若者はすこぶる取っつきにくい。対局中など、素浪人が凄みを利かせているような感じがする。加藤一二三といえば、言うまでもなく、大先輩にして元名人。棋界では恐いものなしの格だが、その加藤さんにして、三浦君と対局したときは、一目も二目も置いたそうだから、三浦君も偉いもんだ。

 飛角交換の後、三浦はジッと△6五歩と取った。私は局後におそるおそる「ここでは後手がいいと思うけど」と口をはさむと、意外なことに、三浦君は私の方を向いて「ええ、私もそう読んでいたんです。ところが、私の方がダメだったんですね。読み負けです」はきはきと答えてくれた。論理もしっかりしているし、口調も明るく、人なつっこささえ感じられた。人は見かけによらないものだ。

 丸山君は例によって、ニコニコと私達のやりとりを聞いている。そして、相手に合わせて駒を動かすのである。

(以下略)

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三浦弘行四段(当時)の真摯に対局に打ち込む様子が、取っつきづらいという印象で感じられていた頃の話。

「素浪人が凄みを利かせているような」という表現が面白い。

三浦弘行九段は、子供時代、友達と好んで一緒に遊ぶタイプではなかったけれども、冗談を言ったりよく話す子だったという。

三浦九段のお母様は「将棋を始めてから人が変わったようです。毎日が将棋三昧で独りで黙々と勉強している感じになりました」とインタビューで語っている。

素直で真面目で優しく謙虚で義理堅い性格の三浦九段なので、一度話してみれば、河口俊彦六段(当時)が書いているように、人なつっこさと心の温かさが伝わってくる。

三浦九段が挑戦した2010年の名人戦以来、女性の三浦ファンが増えているが、このへんがポイントの一つなのかもしれない。

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将棋世界1995年2月号、河口俊彦六段の「新・対局日誌」より。

将棋世界同じ号より。「人気急上昇中の三浦(右)-岡崎戦。怖そうで怖くないのが人気の秘訣」とキャプションがついている。

 C級2組では、深浦、三浦両君の評判がよい。深浦五段については言うまでもない。全日プロで優勝したし、今期も勝率部門で1位を走っている。サッカー部の監督をするなど、若手の仲間の信望も厚い。事情通が「あの先崎君が褒めるんだから大丈夫ですよ」と言っていたが、たしかにそれは言える。

 三浦君は、無愛想きわまりない風貌とはちがう気さくな人柄であることが知られはじめた。私なども気軽に話しかけられる。

 では、その三浦四段対岡崎四段から。

 控え室で、若手棋士や奨励会員の会話を聞いていると、しきりに「マシーン岡崎」と言う。どういう意味なのか、よく判らない。機械のように正確なのか、指し方が決まっているのか、よく働くからなのか。

 9図で機械的に指すなら、△5二飛か△5一飛だが、それは中央を押さえられた形でおもしろくない。

三浦岡崎19951

9図以下の指し手
△3三角▲9八玉△5五飛▲2四歩△2五飛(10図)

 さすがに、△3三角とヒネッた。対して▲9八玉は角筋をさけたものだが、▲7七桂の方がよかった。

 岡崎は決断して、△5五飛と切る。とにかく暴れるしかないと見たのだ。

 当然▲5五同歩と思ったら、天才は違う。▲2四歩と打った。△同歩と取らせてから▲5五歩と飛車を取り、△同角▲2四飛、という読み。

 その瞬間、△2五飛の鬼手が出た。これには三浦も驚いたことだろう。

 局後、岡崎君は「この手以外は浮かびませんでしたね。エッ?3分考えましたか。ノータイムのつもりだったんだがな」。

 堂々と言ったものだ。たしかに、△5五飛と切るときは、▲同歩△同角の後を読んだはずで、▲2四歩など読んでいないに決まっている。直感で指したは、嘘ではなかった。やっぱり岡崎君も相当なものである。

三浦岡崎19952

10図以下の指し手
▲2五同飛△2四歩▲2八飛△6六歩▲7七金寄△8五桂▲6四角△7七桂成▲同金△6七歩成▲同銀△7七角成▲同桂△7九銀▲5一飛(11図)

 △2四歩と飛車取りに取られ、▲2四歩が無意味な手になってしまった。三浦君は「ほとんど一手損しましたね。いやあ欲をかいてひどい目にあった」と頭をかいた。

 △6六歩から△8五桂は、岡崎絶好調の攻め。こうなっては後手がよい。

 しかし、▲6四角と難しく指され、岡崎は攻めを誤った。金を取ったのはよいとして、△6七歩成から角を切っての殺到はやりすぎだろう。△7九銀と銀一枚の攻めでは寂しい。

 ▲5一飛と打たれ、ここで岡崎は泣いた。金を合い駒に使うのが辛いのである。ここで形勢は逆転した。

 △6七歩成では、△5二金と受けておくべきで、それなら後手が僅かによかった。

三浦岡崎19953  

 11図からは、△4一金▲9一飛成△6八銀打△8九香と進み、この後は三浦が素早く寄せ切った。7連勝は昇級確実だろう。

(以下略)

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河口六段は、この号でも続けて三浦四段のことに触れており、三浦四段のキャラクターを高く評価しはじめている。

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「C級2組では、深浦、三浦両君の評判がよい」

この頃、深浦康市四段(当時)は、全日本プロトーナメント、早指し選手権戦、早指し新鋭戦の3棋戦での優勝の実績を持ち、行方尚史四段(当時)は竜王戦挑戦者決定三番勝負へ進出した実績を持っていた。

そのような中、優勝や決勝戦進出のような実績をまだ持たない三浦四段が注目されていたということは、勝率の高さもさることながら、それだけ三浦四段の将棋の内容が評価されていたのだと考えられる。

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「三浦君は、無愛想きわまりない風貌とはちがう気さくな人柄であることが知られはじめた。私なども気軽に話しかけられる」

河口六段も嬉しそうだ。

私が初めて三浦八段(当時)の観戦記を担当した時の、三浦八段の温かさは忘れられない。感謝してもしきれないほどだった。

三浦弘行八段の思いやり

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△2五飛(10図)はとても派手に見える手だが、相手の手を無駄にするという非常に渋い狙いを持った手であり、そのギャップが印象的だ。

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「いやあ欲をかいてひどい目にあった」の言葉も、三浦四段が言うから微妙な面白さがある。

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日常生活の中でも、「欲をかくといい目にあわない」という事例が多い。

昔、スピード宝くじ(スクラッチを削り出現した絵柄で当選金が決まる)で5,000円が当たったことがある。私にとっては宝くじの当選金としては史上最高額。 「今の運気を逃してはならない」と思い、すぐに宝くじ売り場へ行って、5,000円を換金するとともに、その5,000円でスピード宝くじを購入。 しかし、、確率的に当然といえば当然だが、手痛い惨敗を喫してしまった。

そもそも、最初に10枚分の2,000円を投資しているのだから、欲をかいたとしても3,000円分だけを買っておくのが、大人の欲のかきかただったのだと思う。

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近代将棋1997年5月号、団鬼六さんの「鬼六面白談義」より。

 タクシーに乗っていた時、運転手が馬券売り場の傍ら車を止めて、2、3分、時間を頂けませんか、といって車を降りようとする。どこへ行くんだと聞くと、場外馬券を買いたいんで、というので、なら、俺も買って来てくれといって五千円渡した事がある。何を買いましょうか、と聞くので君と同じ馬券でいいと答え、運転手は面食らった顔つきで6-3を五千円買って来て手渡したが、あとになって思い出して調べてみるとそれが大穴めいた当たり馬券であって三十数万円を手にした事があった。私は競馬は普通、滅多にやらないが、大当たりを取ったのは運転手に乗って買った馬券だけである。

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このような事例が人生の達人ならではのケースと言えるだろう。 それでも、団鬼六さんは若い頃、商品相場などで地獄の苦しみを味わっている。 欲を制御するのは、なかなか難しい。