中村修八段(当時)「12年ぶりの昇級」

将棋世界1995年5月号、昇級者喜びの声B級2組→B級1組、中村修八段(当時)の「12年ぶりの昇級」より。

将棋世界同じ号より。

「年齢的にもあきらめていたので……」

 今期三段リーグを勝ち抜き、新四段となった29歳の北島君は、インタビューにこう答えました。

 私自身はといえば12年ぶりの昇級。毎年”今回こそは上がらなければならない”という気持ちからかなりつらい思いをしてきましたが、ここ数年、奨励会幹事を引き受け、彼等の苦しみを身近で知るにつれ、私の苦しみなど大したことはないと感じるようになりました。今期順位戦の目標は8勝することでした。3年連続7勝3敗止まりだったので、とにかく前半4勝1敗、後半も4勝1敗を取れば順位も良く上がれると考えていました。

 そのため、3局目に小野七段に負けた時もある程度予想通り(?)だったので、例年ほどショックはありませんでした。

 そして7勝1敗で迎えた第9局、西川六段戦が図。結果的に昇級の一番となりましたが、最終局も勝たなければ上がれないと思っていたので、それほど緊張することなく戦えました。

 将棋内容は中盤で優位に立ち、そのままのつもりが緩手から苦戦となり、ようやく好転を感じ始めたのが図。

中村

 先手の銀桂損ですが、損した銀は隅で遊んでいるため、駒の働きの差で先手十分といえる局面です。ここで▲6七金引や▲4六歩と指せば優位を拡大できたでしょう。しかし、私の選んだ手は最悪の▲5八歩。一見しても飛車の横利きを止める手で、指しにくいはずなのに、その時は最善に思えたのですから筋が悪いとしかいいようがありません。すかさず、筋良く△7五歩と突かれてしびれました。▲同歩には△7七歩。結局、△7五歩に仕方なく▲4六歩と一手遅れの受け。以下当然ながら大苦戦となりましたが、粘っているうちに逆転することができました。

 12年の間、タイトル戦に出たり、40勝していた時に昇級できなくて、20勝にも満たない成績で上がれるとは本当に運が良いと感じました。来期も20代の若手や奨励会員に対抗意識を燃やして頑張りたいと思います。

* * * * *

新人王戦で優勝し王将2期の実績を持つ中村修八段(当時)が、この時期までB級1組に昇れなかったのは、20世紀までの将棋界七不思議の一つと言っても過言ではないだろう。

* * * * *

中村修九段はこの頃32歳で既婚だったけれども、▲5八歩~▲4六歩は不本意な手でありながらも、「受ける青春」という言葉が強く頭の中に浮かんでくる。