郷田真隆六段(当時)「この頃の対局では、遅刻や、或いは時間ぎりぎりに入室したりということが多い自分自身を律する意味で、和服で臨んだ」

将棋世界1996年5月号、郷田真隆六段(当時)の昇級者喜びの声〔C級1組→B級2組〕「ベストを尽くすこと」より。

将棋世界同じ号より。

 C級1組での順位戦も今期で3期目。

 前2期はいずれも8勝2敗で、昇級戦線には絡んだものの今一歩届かなかった。

 今期の目標も勿論昇級には他ならないが、全勝か9勝1敗という数字をおぼろげに考えていた。

 しかし4戦目の西村八段戦に続いて、7戦目の中田(功)五段戦で2敗目を喫して、今期もダメかと正直思った。

 とくに対中田戦は、内容的に一つもいい所がない完敗だった。空しい気持ちで帰宅してから一夜明けた朝、もしかしたらまだ自力かもしれないと思いついて、後日その事を確認したが、それでも私の気持ちは晴れなかった。

 1月9日、8戦目の室岡六段戦を迎えるが、当日は何と17分も遅刻してしまった。そんな姿勢では当然かもしれないが、将棋の内容もまたひどいもので、途中の局面では投了してしまおうかと考えてしまうときもあった。

 その将棋が、室岡さんにもミスが出て図の局面。

 局後改めて調べてみると、図の局面では先手玉に詰みがあるということが分かったが、対局中はわずかに足りないような気がしていたし、様々な変化を1分将棋の中できっちり詰ますことが出来たかは、正直自信がない。それでも本譜は、偶然詰み筋を発見して勝つことが出来た。

 この時、残る2局は和服を着ようと心に決めた。

 この頃の対局では、遅刻や、或いは時間ぎりぎりに入室したりということが多い自分自身を律する意味で、和服で臨んだ。

 そうして、今回昇級出来た事は素直に喜びたい。ただ、もう数字のことを考えるのはやめようと思う。一戦一戦ベストを尽くして戦うことが何よりも大事だということがよく分かったから。

 来期の順位戦も、自分なりにベストを尽くそうと思う。

 最後に、応援して下さった方々に御礼申し上げます。有難うございました。

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「この時、残る2局は和服を着ようと心に決めた。この頃の対局では、遅刻や、或いは時間ぎりぎりに入室したりということが多い自分自身を律する意味で、和服で臨んだ」

この時点でC級1組の成績順位は、(段位は当時)

  1. 三浦弘行五段(21位)7勝1敗
  2. 中川大輔六段(22位)7勝1敗
  3. 郷田真隆六段(2位)6勝2敗
  4. 畠山成幸五段(9位)6勝2敗
  5. 久保利明五段(20位)6勝2敗

郷田真隆六段の残る2局は、9戦目が三浦弘行五段で最終局が伊藤果七段。

三浦五段との一戦は、昇級を争う直接対決となるので、郷田六段は自力ということになる。

いやがうえにも気合いが満ちてきそうな展開だ。

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三浦五段と中川六段は残り2戦を1勝1敗、郷田六段と畠山五段は2連勝で、郷田六段と畠山五段が昇級を決める。

頭ハネとなってしまい涙を飲んだ三浦五段だったが、この4ヵ月後、羽生善治七冠から棋聖位を奪取し、七冠の一角を最初に崩すこととなる。

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「ただ、もう数字のことを考えるのはやめようと思う。一戦一戦ベストを尽くして戦うことが何よりも大事だということがよく分かったから」

本当に心を打つ言葉だと思う。

郷田六段は、この後、B級2組を2期、B級1組を1期で駆け抜け、A級に昇級する。