佐藤康光八段(当時)「あなたの振り飛車は怖くありませんよという挑発なのだが、当時はこういう態度が特に許せなかった私が頭に血が昇り、次の手を指すまで何度かトイレに行った記憶がある」

将棋世界1996年10月号、佐藤康光八段(当時)の第15回全日本プロトーナメント〔対 飯野健二六段〕自戦記「充実感のある一局」より。

将棋世界同じ号より。

 今月は全日本プロトーナメント1回戦、飯野健二六段との一局を振り返ってみたい。

 全日プロは昨年は2回戦、その前は1回戦で敗退しているので今年こそはの意気込みである。

 よく棋戦との相性等の記事を見かける。確かに相性の良い、悪い棋戦はあるような気がするが私の場合は持ち時間との相性もあるようだ。

 とくにこの3時間の将棋は過去、あまり良くなく、必然的にこの棋戦も今まであまり大した実績はない。

 理由は分からないが、推測すると5、6時間の将棋に体が慣れてしまっている、朝が弱いので午前中に時間を使い過ぎる等があるかもしれない。

 現在はスピード化の時代であるのでいずれ3時間が主流になりそうな気がする。

 又、3時間の将棋は普段の研究が最も生きる持ち時間という気がする。

 この時間内で常に善処していくのは難しい。

 ともかく私にとっては数年前からの課題となっている。

(中略)

 飯野六段とは最近はたまにゴルフをご一緒する機会が多く、いろいろと教わっている。また面倒見の良い気さくな先輩という印象だ。

 将棋は私の先手で▲7六歩に△3二金(1図)。いきなりの挑発である。

 私はこれは7、8回指された事があるが苦い思い出があり、指されるといつも思い出してしまう。

 約10年前、私が新四段、竜王戦6組の決勝で先崎学に指されたのが初めてであった。

 あなたの振り飛車は怖くありませんよという挑発なのだが、当時はこういう態度が特に許せなかった私が頭に血が昇り、次の手を指すまで何度かトイレに行った記憶がある。

 結局、四間飛車にしたが結果は惨敗。その後しばらくは散々であった。

 あれ以来公式戦でも多く見られるようになり、それ程でもなくなった。

 やはり慣れは恐ろしい。

 最近では普通に居飛車で指す形が多いようだ。

 私も普通に指すつもりでいたが、気がつくと飛車を振っていた。

 まだ血の気が多いのだろうか。

(以下略)

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「将棋は私の先手で▲7六歩に△3二金。いきなりの挑発である」

昔は、初手▲7六歩と指した居飛車党の人に対して2手目△3二金とするのは、「悔しかったら振り飛車をやってみろ」という挑発的な意味合いを持っていた。

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1970年代初頭に出版された次の一手の問題集では、1図の局面が問題図で、正解は▲7五歩となっている。

解説では、

 ▲7五歩と伸ばす手が、△3二金の早計をとがめる好手です。分かりやすくするために手順を進めますと、▲7五歩△8四歩▲7八飛△8五歩▲7六飛△3四歩▲7七桂。

 後手の飛車先の歩突きに対し、先手はピッタリと浮き飛車で受け止めます。この形は石田流と呼ばれる古来からの指法で、以下先手は美濃囲いの堅陣に入れてから戦います。

 しかし、後手は対振り飛車における常形である△3二玉が先の金上がりのため阻まれています。

 つまり△3二金は、浮き飛車を許し、自らの玉の囲いを困難にした悪手なのです。

 

と書かれており、当時の振り飛車の理想形とされていた石田流本組を容易に組ませてしまう悪手という位置付けだった。

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後手がガチガチの振り飛車党だった場合、初手▲8六歩が、「悔しかったら居飛車をやってみろ」という挑発の手となる。

ただし、「悔しかったら振り飛車をやってみろ」の△3二金は現代の感覚では悪手にならないけれども、初手▲8六歩の方は現代でも悪手なので、リスクは格段に高くなる。

初手の最悪手

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「約10年前、私が新四段、竜王戦6組の決勝で先崎学に指されたのが初めてであった」

「先崎学」と呼び捨てで書かれているのが可笑しい。(二人は仲が良い)

この対局のことについて、先崎四段(当時)がエッセイを書いている。

振らぬなら、振らせてみよう(前編)

振らぬなら、振らせてみよう(後編)

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「私も普通に指すつもりでいたが、気がつくと飛車を振っていた。まだ血の気が多いのだろうか」

佐藤康光八段(当時)は、この後、▲5七銀型三間飛車・穴熊にして勝っている。

佐藤康光九段が、見ていて驚くような変則的な振り飛車を指すようになるのは、この約9年後からのことになる。

佐藤康光王将(当時)「我が将棋感覚は可笑しいのか?」