「棋士の中で一番読み筋が合わない人です」

午後11時、六本木の街角を歩く男女。男は女に惚れている。

「今日はごちそうさま。楽しかった」

「もう一軒、軽く飲みに行こうか」

「ありがとう。でも今日は早く帰らなきゃ」

「じゃあ、家まで送るよ」

「本当!? うれしいな」

タクシーの車中。

「そうそう、この間ブルーレイレコーダーを買ったんだけれども、テレビとのつなぎ方がわからないの。どうしようかしら…」

「もしよかったら、僕が繋いであげようか」

「えっ、いいの!」

「もちろん」

彼女の部屋の中。

「最近、掃除をする時間がなくて片付いていないけど…」

「全然問題ないよ」

作業終了後。

「ご苦労さま。ビールでも飲む?」

「お、いいねいいね」

「そうだ、今度紹介したい人がいるの」

「どういう人?」

「私の恋人」

「……………」

「無愛想だけど内面は最高な彼なの。あっ、ビール飲んだら帰ってね。今日はありがとう」

こういうのが、読み筋が合わないということなのだろう。

近代将棋2006年1月号、故・池崎和記さんの「関西つれづれ日記」より。

C1の渡辺-山崎戦は1手損角換わりから第3図になった。

渡辺竜王が公式戦で1手損角換わりを指すのは竜王戦第1局に続いて2回目。竜王戦は相腰掛銀だったが、本局は山崎六段が右玉に構えたので、全然違う戦形になった。

(中略・山崎六段の勝ち)

感想戦は1時間行われたが、見ていても僕には途中の形勢がさっぱりわからなかった。二人の見解が異なる局面が多かったから、どっちを信じていいのか判断がつかないのだ。ひょっとしたら周りを取り囲んでいる棋士たちも同様だったのではないだろうか。

検討が終わり、部屋を出ようとしたら、「どっか行きます?」と渡辺さん。

前に二人で飲んだことがあって、そのときは僕のほうから誘ったのだが、今回は逆だ。もちろん僕はお酒が大好きだからノータイムで「行きましょう!」である。

週刊将棋の内田記者が東京から取材に来ていたので、彼も誘って3人でバーへ。竜王はあまり飲めないが、いつも本音でしゃべってくれるから一緒にいると楽しい。

将棋の話も出て、竜王は「山崎さんとは読み筋が合わない。棋士の中で一番読み筋が合わない人です」と言った。

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棋士別成績一覧によると、この時点で渡辺竜王は山崎六段に通算で1勝2敗。

読み筋が合わないということは、渡辺竜王にとって、若干の指しにくさを感じていたということなのだろう。

しかし、この3ヵ月後から、渡辺竜王は山崎六段に6勝1敗。

この間に渡辺竜王は、竜王初防衛(対木村一基七段)を果している。

竜王初防衛が影響しているのかしていないのかはわからないが、何かのきっかけで流れが変わるものなのかもしれない。