2011年11月将棋関連新刊書籍

2011年11月の将棋関連新刊書籍。

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立川鬼六、大山十五世名人のバナナなど

団鬼六さんを偲びつつ。

将棋ペンクラブ会報2009年春号、団鬼六さんと木村晋介弁護士の対談より抜粋。

木村 大山・升田時代と今では大分違いますか。

団 違いますね。僕は大山・升田時代しか知りません。最近の棋士のことはあまりわかりません。僕にとっては大山・升田時代が一番良かったですね。横浜の頃、大山さんと一緒に鰻屋へ行くのですが、店の主人から、大山さんの好きな食べ物を聞いてくれと頼まれるんですね。それで食事の中で一番好きなものを聞いてみると、「僕ですか。食べるものならアンパンですよ」。たこ焼きやたい焼きも好きでした。そういうところが大山さんの大したところだと思います。

木村 大阪での修行時代に好きだったものですね。

団 奨励会の頃の行方(八段)や豊川(七段)とかをその鰻屋へ連れて行っていました。この間なんか、行方が大きな顔をして「ここは僕が勘定持ちますから」というのでアホと言ってやりました。

木村 美味しいとガツガツ食べているのを見るのがお好きなんですね。

団 そうですね。

木村 立川談春さんもそうですね。前座の頃ですか。

団 はい。飯を食わすと本当に喜んでいました。

木村 奨励会を可愛がるのと似ていますね。

団 お礼に何かやってくれと言うと笑い話をやってくれました。立川談志さんも将棋が好きで古典定跡をよく知っていました。

木村 談志さんは早指しで、相手を急かすみたいですね。二歩を打っても、お前も二歩やりゃあいいじゃないかって。

団 談志さんは30年前から僕のファンだったんです。人工透析もやめたほうがいいと言ってくれました。談志さんが立川流を作ったときに僕も入れられまして、立川鬼六という名前をもらいました。上納金を納めています。

木村 上納金を納めなくちゃいけないから談志さんの弟子はうまくなっているんですね。

団 1回納めると素人には請求してきませんが、本当の弟子からは取っていますね。

木村 立川志の輔さんが言っていましたが、「うちの師匠が上納金を取るのは洒落かなと思っていたら本当に取るから、これは積み立てておいて後で年金か何かで返してくれるんだろうと思っていたら、全然その気がない」。

団 弟子には厳しいですね。

木村 志の輔さんとは、25年前の全然彼が売れていない頃に、僕のところへ、落語の好きな女性に連れてこられて会ったのが最初です。その頃僕は、大沢悠里さんがやっているラジオ番組「ゆうゆうワイド」で大沢さんが半年休むということで、月曜日に7時間30分の生放送のキャスターをやっていたんですね。ちょうど良いので志の輔さんに、コーナーに出てくれと頼みました。彼は喜んで出てくれました。30分のコーナーで僕と対決するんですね。風呂に入るときは頭から洗うのがいいか足から洗うのがいいかとか、夏が好きか冬が好きかとかで30分対決するんです。お互いに全然打ち合わせなくです。志の輔さんはうまい話をして僕は負け続けです。半年の番組が終わった時、私はTBSから、はいサヨナラでしたが、志の輔さんは残ったんですね。それで認められるようになって文化放送のキャスターになるんですね。その人を認めて世に出す人がいるという図式です。団さんは、どなたに認められて世に出たんですか。

団 自然発生ですよ。誰も師匠はいません。オール読物で新人賞をとってから、いろいろな雑誌に書くようになりました。文藝春秋の担当者に作家になる素質があると言われたのが励みになりました。

木村 おだてた人が偉い。

団 僕は作家の才能もないと思っていたし、本も近松門左衛門しか読んだことがなかったし。作家の修行はしていません。でも、作家以外の商売は全部失敗しましたね。将棋雑誌でも株でも。原稿書くと儲かるのですが、それを株に使ってしまう。作家だけをやっていればいいのですが、人生楽しまなければなりませんから。

木村 団さんにとっては、人生というものは楽しんで狂えばいいわけですからね。

団 金が入ると悪銭が入ったように思えて、それで商品相場や株で勝負しようとするんです。それで駄目になる。

木村 だから将棋も強くなるんですね。僕は弁護士になろうと思って弁護士になって弁護士しかやっていないから、他で損をするという経験をしていませんからね。

団 2月4日の週刊朝日に林真理子さんとの対談が出ます。「私、皆からMと言われますが、SとM、どちらが美人が多いですか」と聞くので「Mはブスや」と言ったら、大声で笑っていました。その時も言ったのですが、書くと儲かる、でも他は全部失敗する、何でやろと。

—–

将棋界などには馴染まないが、弟子が師匠に上納金を収めるというのはある意味で合理的なシステムなのかもしれない。

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元・近代将棋編集長の中野隆義さんの話によると、大山康晴十五世名人は熟して黒ずんだバナナが好きだったとのこと。

確かに昔のバナナはそういうものが多かった。

タイトル戦の時など、千疋屋などで売っているような高級バナナが出てきても大山名人は手をつけずに黒ずんだバナナを所望したため、連盟職員は市中の八百屋を回って黒ずんだバナナを探し続けたという。

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将棋ペンクラブ通信創刊号「題名未定」

将棋ペンクラブが発足したのが1987年11月27日。

この日に発行されたのが、将棋ペンクラブ通信創刊号「題名未定」。

現在の将棋ペンクラブ会報の創刊号にあたる。

題字は団鬼六さん。

巻頭言は井上光晴さん「将棋とは何か」。

全部で16ページ。

主な投稿を見てみたい。(敬称略)

双手をあげて大賛成  山口瞳(作家)

どんな分野でも、評論家、担当記者が優秀でなければ大きく発展しません。タイトル戦前夜祭で、観戦記者が末席に坐り、雑用さえ受け持っているのを見て何度も情けない思いをしました。将棋ペンクラブの発会は双手をあげて大賛成です。

自由の広場に  二上達也(棋士・九段)

自由の広場に集い健全な発展を祈ります。

「ペンは剣よりも強し」

古いけれど含みがありますなー。

旭川より  三浦綾子(作家)

顧問の中に名をつらねさせて頂き、どこかもぞもぞしています。最も下手な、最も役立たずが、どうして顧問にしていただいたのでしょう。とにかく「亭主の好きな赤烏帽子」こと将棋のこととあれば、せめて遠い旭川から声が届くようご声援申し上げます

入門の頃  原田泰夫(棋士・九段)

関根金次郎十三世名人(明治元年生まれ)のお言葉。

「そうか、お前が原田か、上京したばかりじゃ弱い筈だ。「負けろ、負けろ、負けて覚えて強くなれ。今度は違う話をするから、よく覚えておけ。俺のかかーは俺の歳の半分だから、近頃俺を馬鹿にする。そこで昨日の晩は奥の手を出してやったら眼をつむりやがった。俺が言ったとおり大声で復誦してみろ。よし、お前は有望だ。そのとおり師匠の加藤治郎夫婦に報告しろ」

昭和12年4月(原田14歳)、加藤先生の内弟子になった直後、議事堂近い関根邸参上の時の強烈な想い出。

会の名前がいい  高田宏(作家・日本ペンクラブ理事)

ご案内をいただいてまず「将棋ペンクラブ」のネーミングが良いと思った。職能団体的なライターズなんとかよりもよほど良いし、志高い感じがある。現今は立派な専門家もいらっしゃるが、将棋というのはもともとが遊びであり、世俗からかなり離れたところに知的な別世界をつくるものだ。だからこの会は世のなかの雑事とか政治などのくだらないことから自立していかなくてはならないと思う。その意味で「将棋ペンクラブ」には「竹林の七賢人」にも似た、さわやかな感じがある。設立パーティーにはなるべく出席して、会員のみなさんにお会いしたいと思っている。

ワードプロセッサー  若島正(神戸大助教授・観戦記者)

最近ワープロを購入してすっかり機械の御厄介になっているのですが、「将棋ペンクラブ」発足とのことで、これからも観戦記だけはやはりペンで書くことにします。

二足のわらじ  田中宏道(日本棋院編集部)

ママの美しい顔を見ているうちに酔っぱらってしまった。ひょいと隣りを見ると真部七段だ。

「将棋のプロで碁のプロがいたっておかしくないでしょう」

と荘重な声でいう。私は気が小さいので「エエ」とおとなしく答える。

「私を碁のプロにして下さいよ。あなたならできるはずだ」

私は意気地がないので、「もちろん、なんとかしますよ」と大きな声で約束した。数日後、将棋連盟で、真部さんに会ってしまった。

「ちゃんと覚えているでしょ、まさか冗談じゃないんでしょ」

あれから「あり」と「連盟」には行かないことにした。

近況おわり。

字マンガ  バトルロイヤル風間(漫画家)

字でマンガを書きます。

1コマ目 

かざまのアップ。「今日からぼくもペンクラブの人だから、それなりの行動をとらねばならぬ」

2コマ目

「おでん屋でもハンペンを食べるしー」

3コマ目

「動物園でもペンギンを見るしー」

4コマ目

「マンガもペンでかこう!!」と言って、墨汁のついた焼き鳥のクシを差し上げる。

(フィクションです)

一生稽古  東公平(観戦記者・将棋ペンクラブ副会長)

 菊池寛、佐々木茂索、里見弴、滝井孝作、豊田三郎、藤沢恒夫、永井龍男、大岡昇平、小島政二郎、五味康祐、山口瞳、石堂淑朗、江國滋、斎藤栄、渡辺淳一、虫明亜呂無、井上光晴、赤城駿介、高木彬光、戸部新十郎、色川武大(阿佐田哲也)、林秀彦。

 右の二十二人の共通点を答えよ、と入学か入社の試験に出題したとする。「作家」「文学賞受賞者」では正解にならない。「将棋好き」と答えても、百点は与えられない。

 正解は「将棋名人戦の観戦記を新聞に書いた人たち」である。急いで調査したため一人二人書き洩らしているかも知れないけれど「へえ。そうなのか」とびっくりなさる方が少なくないだろう。豪華メンバーである。

 他に王将戦、名将戦などの社外観戦記者は調べきれぬほどだし、幸田露伴、志賀直哉、坂口安吾、岡潔ら”国宝級”の作家や学者が将棋をテーマとした文章を数多く発表している。また、野口雨情が詩では全然食えない時代にドサ回りの将棋指しでしのいでいた話がある。プロ初段の力を持ち、アマ六段で文壇名人の菊池寛が「キミは素人じゃないからだめだ」と雨情を仲間外れにした。

 山口瞳さんは「観戦記者の地位向上を」と我々になりかわって書いて下さるが、地位の二文字は「実力」の誤植ではないかと私は思う。しかるべき待遇と報酬をかち取るための第一条件は、筆力の向上である。金は、仕事の後からついてくるものだろう。我等専業ライターは命がけで勉強しなければいけない。文学的であろうが、講談のようであろうが、マンガ的であろうが、それは別問題。要は、多くの読者に楽しみ、満足してもらえる作品であればいい。「将棋ペンクラブ」設立を機会に初心に立ちかえって、前途を切り開いて行く覚悟をした。

観戦記者は映画監督である  団鬼六(作家)

 棋士が将棋を指して作った一局の棋譜が原作だとするなれば観戦記ライターはその原作を映画化する人だと私は思う。観戦記者はいわば監督であって、つまらない原作でもこれが映画化されれば、結構面白くなる場合がある。その逆に原作は面白いのに映画化されると全くつまらなくなったという事もあるわけだ。

 名人戦の名局を観戦記ライターの名調子で読んだ時の感激というものは文芸の名作を読んだ時の感動と相通じるものがある。また、我々の指す縁台将棋だって観戦記者の包丁さばきによっては結構、面白いものになるわけだ。

 しかし、一口に観戦記といっても、どう描けば将棋ファンは納得するか、これはむつかしい問題で、未解決になっている所もある。プロも読む。アマ強豪も読む。縁台将棋クラスも読む。将棋、覚えたての人も読む、という事になると、そのいずれの層にも納得させ得るような観戦記というものは骨の折れる仕事だと思う。強いのになってくると、対局場のくわしい情景描写より、一局の将棋の細密な開設に重点をおけというし、私のようなへぼになってくるとあのくわしい変化図というのはどうしても苦手で悪いけど飛ばして読んでしまうという事になる。また対局者は昼メシに何を喰ったかという事を知りたいファンもいるわけだ。

 そんな所にも神経を使わなければならない上に観戦記者というのは将棋がわかって幾程度、筆が立つというだけではなり切れるものではない。将棋史も充分に勉強しておかねばならぬ。大橋宗桂なり天野宗歩なりが比喩的に何時、登場するかわからないし、南禅寺の決戦、天竜寺の決戦など棋界、激動の時代にも精通しておかねばならない。現在の棋界の情勢にも通じ、棋士と親しくなければならない。大して報われる事はないのにどうしてそんな道を選んだのかと私は観戦記者何人かに聞いた事もあったが、つまり、彼等は棋士以上に将棋を愛している人達なんだ。理屈ぬきで将棋と取り組んでいる事が幸せだという。

 そんな人達が集まって、観戦記というものを向上させ、確立させるためにペンクラブが発足したわけだが、私は心から拍手を送りたい。観戦記をもっとよくするための勉強会みたいなものですよ、と、河口さんはいったが、大いに結構、どうか、棋士の皆さん、応援して下さい。私も応援します。

—–

ひとつひとつの文章が、このブログでの1記事にできそうな内容のものばかりだ。

小出しにしようかとも思ったが、将棋ペンクラブができた頃の雰囲気を忠実に再現したいと思い、一挙掲載とした。

—–

発足時は、河口俊彦会長、東公平副会長、加藤治郎名誉会長の体制。

当初は将棋ジャーナリストの団体という色彩が強かった。

会則も、現在では当時のものから変化している。

第3条(目的)

(発足時)

この会は将棋ジャーナリスト相互の親睦を図り、その職能を擁護確立し、あわせて将棋の普及に寄与せんとする。

       ↓

(現在)

この会は将棋と文章を愛する人の集まりで、会員相互の親睦と将棋ジャーナリズムの擁護・育成を図り、あわせて将棋の普及に寄与する。

第6条

(発足時)

この会への入会希望者は会員二名以上の推薦をもって申請し、幹事会の承認を得るものとする。

       ↓

(現在)

この会への入会希望者は会費を添えて事務局へ申し込むこと。資格は問わない。

—–

ここまで書いたので、久々に将棋ペンクラブへの入会方法も載せておきます。

1~12月での会員年度となるため、今入会すると、今年の会報の春号、夏号、秋号が送られてきます。そして12月に冬号。

今年の会報をご覧になりたい方は今年中の入会、来期から入会されたい方は、2012年1月以降の入会をお勧め致します。

[将棋ペンクラブへの入会方法]

入会資格は一切ありません。入会金も不要です。

下記振替口座への会費納入をもって入会となります。

○年会費:3,000円

 (賛助会員、法人会員は10,000円)

○郵便振替 00270-9-45693 将棋ペンクラブ

  • 会報が送られますので、通信欄に住所、氏名、電話番号をお忘れなくご記入いただけますようお願い致します。
  • 毎年、会報の冬号には会員名簿が掲載されますが、住所掲載を希望されない方は、その旨、申し込み時の通信欄に「県名まで」「市町村名まで」など掲載可能範囲を御記入いただくか、事務局までご連絡ください。
  • 会費の期間は1月から12月までになります(途中入会も同じ)。
  • 賛助会員・法人会員は交流会への参加が無料となります。

会員になると

  • 3月、9月には雑誌「将棋ペン倶楽部」(64~104頁)が。 6月、12月には冊子「将棋ペン倶楽部通信」(32頁位)が届きます(計・年4冊)
  • 将棋ペンクラブ大賞候補作の推薦ができます。
  • 会報への投稿ができます。

また、5月には東京と大阪で交流会が、9月には将棋ペンクラブ大賞贈呈式が開催されます(会費は別途必要です)。

将棋ペンクラブ公式ホームページ

不明な点は下記事務局へお問い合わせ下さい。

[事務局]

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町 1-8 アカシヤ書店内 将棋ペンクラブ   

メール:penclub◎akasiya-shoten.com (◎を@に変更して送信)

☆将棋ペンクラブ会員の方は、アカシヤ書店で5%引きで本を購入することができます。

 

立川談志さんの将棋

立川談志さんが21日に亡くなった。享年75歳。

近代将棋1997年7月号、故・団鬼六さんの「鬼六面白談義」より。

 スポーツ新聞や、風俗雑誌経営で有名な「ナイタイ」の社主・円山氏は中でも典型的な将棋バカの一人であった。

 最初、円山社長を私に、あの将棋好きは半端なものではない、といって紹介したのは落語の立川談志師匠だった。彼の将棋好きより生じる落語のバカ殿様的奇行は落語のいいネタになると談志は私にいった。

 そういう立川談志だって将棋好きで、もっとも腕前はまあ、七、八級程度だと思うが、以前、ジャーナル誌を私が経営していた時、弟子二、三人を引き連れて私がアマ強豪と対戦しているのを観戦に来た。持ち時間、三十分ぐらいの対決だったが、少考などすると、何でそんな所で考えるんだ、とか、こっちは忙しいんですぐ他所へ行かなきゃならないんで早く指しなよ、と、うるさくてかなわない。あまりうるさいので別の将棋盤を持たせて弟子と指させてみると、駒台の駒はすぐに掌に握って相手には見せない。「師匠、手に何を持ってるんですか」と弟子が聞くと、「素人だな、おめえは、盤上の駒をよく見て俺が何を持っているか当ててみなよ」と胸をはっていうのである。ふと、隣の盤をのぞきこんでみると談志はすでに二歩を打っていた。「師匠、二歩を打ってるよ」と私が注意すると、弟子は「道理でこっちが不利だと思った」と、ぼやきながら二歩を打った場面まで指し手を戻そうとすると談志は時間が惜しいと怒り出していった。

「おめえも適当な所で二歩打ちな。それでチャラにしようじゃねえか。二歩ぐらいで驚くねえ。先代の志ん生は三歩打っても平然として素知らぬ顔で指し続けた」

 こういう将棋だから談志が何時までたっても七、八級から向上しないのは無理ないのだが、

(以下略)

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この文章が書かれた14年後の今年、団鬼六さんも立川談志さんも亡くなった。

非常に残念なことだ。

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近代将棋社の経営上の問題から、「ナイタイ」は1998年から近代将棋の発行を引き受けることになる。

「ナイタイ」を説得したのが団鬼六さんだった。

”たられば”はそう単純に解析できるものではないが、立川談志さんがいなかったら近代将棋の発行が1997年いっぱいで終了していた可能性もあったことになる。

近代将棋は2008年6月号が最終号だ。

—–

今年亡くなった主な著名人は次の通り(敬称略)。

横澤彪、喜味こいし、坂上二郎、田中好子、児玉清、長門裕之、セーラ・ロウエル、宮尾すすむ、原田芳雄、小松左京、ジョー山中、日吉ミミ、竹脇無我、滝口順平、山内賢、柳ジョージ、北杜夫。

昭和が遠くなっていく・・・

竜王戦第4局対局場「吉川屋」

竜王戦第4局は、福島市の「吉川屋」で行われる。→中継

奥飯坂穴原温泉に位置する「吉川屋」は、勇壮な断崖と摺上川渓谷が織りなす美しい眺望が広がり、自然に抱かれた安らぎが得られる老舗和風旅館だ。

〔吉川屋の料理〕

吉川屋の料理長は隈本辰利さん。隈本さんは関西で料理の修業をしている。

素材本来の味を生かした目にも舌にも美しく楽しい料理を 「温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに」 出す、というこだわりを貫いている。

福島牛ステーキ

福島牛ステーキ膳

福島牛すき焼き鍋(大鍋)

あんこう鍋(大鍋)

会津産桜刺し

また、和風レストラン「まつかぜ」のおすすめメニューは次の通り。

豚しょうが焼丼 ¥840

山菜おろしそば ¥630

そば(うどん)セット ¥840

〔昼食予想〕

渡辺明竜王は第3局、「ポーク丼」の連採で敗れている。

北海道の十勝で行われた昨年の竜王戦第3局でも「豚丼」を連採して敗れている。

これは羽生二冠にも見られることだが、敗れたままにはしておかないのが勝負師の意地。

今回、渡辺竜王は、あえて豚系の丼を注文しt勝ちに行くのではないかと思う。

そういうわけで、予想は次の通り。

渡辺明竜王

一日目 豚しょうが焼丼

二日目 豚しょうが焼丼

丸山忠久九段

一日目 和定食または和食弁当

二日目 うな重