盤上に熱いコールタールを流し込むような、いがらっぽい手

将棋マガジン1990年2月号、奥山紅樹さんの「棋界人物捕物帖 森信雄五段の巻」より。

 まるで盤上に熱いコールタールを流し込むような、いがらっぽい渋い棋風。かつて私は「森将棋の終盤にはヨイトマケの歌が聞こえる」と書いたことがある。工事現場の将棋だ、と。

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昨日行われた女流王位戦挑戦者決定戦、里見香奈女流三冠-清水市代女流六段戦は、213手の大激戦を里見女流三冠が制して、女流王位への挑戦を決めた。 →中継

昨晩、帰宅してから女流王位戦挑戦者決定戦での里見女流三冠の指し手を見て、驚くとともに、なぜか嬉しい気持ちになった。

骨太とか昭和の真剣師風とか、そのような言葉では言い表わせないような指し回し。

脳裏に浮かんだのだ、冒頭の文章だった。

たとえば、次の局面。

photo (2)

駒損で囲いも薄く、軟弱な振り飛車党である私などは、振り飛車側を持ちたくない局面。

▲5三銀と打ち込みたくなるが、△8六飛が嫌な一手だという。

解説では、

山崎七段が指摘したのは(2)▲4七銀。4六銀を支えて、▲3四歩の取り込みを楽しみにする狙いだ。「僕の好みはこうですけどね」。山崎七段は3八の金をスススッと3七に上げた(▲3七金)。「対局者はやらないと思いますが(笑)」

ここで、里見女流三冠が指した手が▲5五銀打。

まさしく、盤上に熱いコールタールを流し込むような、いがらっぽい手だ。

とても打てる銀ではない。

これ以前の、53手目▲9六金なども、いがらっぽい。

終盤の139手目の▲6四銀も。

里見女流三冠は奨励会に行って棋風が変わったと言われるが、本当に鍛えの入った将棋だと思う。

終盤のジワジワと迫る順も、妖気が含まれた迫力満点。

芸域を広げている里見女流三冠。もし、女流王位を奪取するようなことがあれば、女流六冠も夢ではなくなると思う。

そのような意味でも、女流王位戦は注目したい。