今日放送されるNHK杯将棋トーナメント 深浦康市九段-門倉啓太四段戦。
解説を勤めるのが門倉四段の師匠である石田和雄九段。
今日は、「石田の名解説」、「ボヤキの石田節」を久々にテレビで堪能することができる。
将棋マガジン1990年12月号、奥山紅樹さんの「棋界人物捕物帳 石田和雄八段の巻」より。
(竜王戦挑戦者決定戦三番勝負で谷川王位に敗れた後のインタビュー)
「がぜん、時の人になりましたね。オジサマ族の狂い咲きですか、それともいよいよ大器晩成のあかしですか?」
ちょっぴりの冷やかしをこめて質問をぶつけたら、
「いやいや・・・勝ってればねえ、このインタビューも面白くなるんでしょうけど。3組優勝という目標をはたしたので大満足とせねばいかんのでしょうが・・・人間、欲がありますからねえ。やはりフランクフルトへ行きたかった」
ハスキーな声でハハハ、ハハハと笑った。
今期竜王戦をエキサイトさせた人物である。
(中略)
で、いよいよ谷川王位と竜王挑戦権をかけての三番勝負でした。第一局の中盤まで・・・「石田優勢」の声も出る大接戦。
「あれを勝たなくちゃね・・・しかし一流の人は小さなミスを見逃しません。甘い順は指してくれない・・・さすが谷川さんです。『ダッ!』と踏み込まれて、支え切れなかった・・・ダメです、こっちはもう中年になって頭が固くなってますから。向こうはこれから円熟してくるという・・・ええ、その開きは大きいですよ、いけませんねえハイ。どうにもハハハハ」
たちまち棋界名物「石田ボヤキ節」。半ば手中にした挑戦権が遠のいていく、くやしかったでしょう。ボヤキたくもならあね。
「一度でいいから将棋史に残る大舞台で・・・それがどんなものか体験してみたかったですねえ、ハイ。最後のチャンスを神様がなんか知らんが・・・この石田和雄に与えてくれた。人生のバイオリズムというか心技体の波というか。それをモノに出来なかったことが無念です」
あなたの長年の夢でしたからねえ。「いつか大きなタイトル戦のひのき舞台に立ってたたかいたい」というのは・・・。
と、ここまで言いかけて不覚にも捕り方の目頭がジンと熱くなり、声がくぐもった。どうもこの人と話していると、つい演歌調になってくるから不思議である。
あれは18年前の1972年秋―。第三回新人王戦決勝におどり出た石田プロは、桐山清澄六段(当時)と白熱の三番勝負をたたかった。
「目下、絶好調。全力を出し切って石田六段を倒す」という桐山に対し、「この石田和雄、むざむざ負けるとは思わない」の名セリフを吐いた石田は盤上でゆずらず、両者1-1のまま最終局に。9月14日、関西本部であった。
三間飛車の桐山に、先番石田は2・5筋から一気に仕掛け、飛・角をいっぱいにさばいたまま優勢のうちに終盤へ。しかし桐山はけんめいに千日手模様にこらえ、夜10時30分千日手成立となった。30分後、指し直しである。
「ちょっと、ドリンクを買ってきてよ。赤まむしドリンクというヤツを!」
記録係に声を掛けた石田選手は、立ち上がって頭を対局室のクーラーにぴったりとつけ、扇子で顔面にはたはたと風を送る。やがて届いた赤まむしドリンクをぐいぐい飲み。口元にあふれるドリンク剤が、たちまちあごを伝わって首筋に流れ落ちる。蛍光灯の下でしずくが光った。
それをかまわず、中腰のまま目を閉じ、クーラーに頭を押しあて押しあて、ばたばたと扇子を鳴らしドリンクを飲み続ける石田選手の姿。
鬼気迫るといおうか。勝負に青春をかけるひたぶるな姿といおうか。場にいた私は、
―この一局、心して書かせてもらいます。心血を注いで観戦記を仕上げます。石田さん、桐山さん、最後まで頑張って・・・。
心のなかでつぶやきながら、こみ上げてくる熱い涙を抑えることができなかった。
千日手指し直し局に勝って新人王の栄冠を手中にした石田六段を前に、桐山プロは「赤まむしに負けた、おめでとう石田さん」と祝福を送った。そのかざらぬ態度に、またしても観戦記者は泣けてきて。お互い、若かったね。
このあと時の名人・中原誠との記念対局に勝った石田選手は、深夜の千駄ヶ谷を歩きながら、
「ぼくも・・・いつかは大きなタイトル戦の決勝に出てみたいですねえ・・・」
ところが・・・。
勝浦・桐山・森ら同世代棋士の活躍をよそ目に、この人はビッグタイトルと無縁の棋士人生を歩んできた。
「棋界七不思議の一つだなあ・・・」
と私は言ったことがある。
(以下略)
—–
とにかく、今日のNHK杯戦が楽しみだ。