将棋マガジン1994年9月号、高林譲司さんの王位戦第1局観戦記「王位戦初の公開対局」より。
王位戦七番勝負に郷田五段が戻って来た。しか間髪を入れずに、である。
迎え撃つ羽生王位も「リターンマッチは精神的に大変。私にはできないことです」と、郷田の挑戦権獲得を知らせた時、率直に検討をたたえていた。
これにより郷田の七番勝負登場は連続三回となった。一昨年、当時の谷川王位から初タイトルを奪取し、昨年羽生の挑戦の時に失冠。そして今期。棋聖戦でも二回出場しているから、郷田はこれで五度目のタイトル戦登場ということになる。まだ23歳、五段の棋士である。タイトル戦五度目の数字は、郷田の並ではないことを如実に示している。
(中略)
攻守は入れ替わったが、昨年と同じメンバーである。開幕の緊張感がいつもより薄いのは、その気安さからであろうか。初対決の昨年は、まだ両者、盤を離れても視線を意識して合わせないようにしていた。二度目の今期はやや違う。局後の感想戦でも、郷田の口から「そんな手、一秒も読んでないよ」という軽い言葉がもれたり、羽生がそれに応えて、実にいい顔で笑ったり。
予想対談の島、先崎は「二人は波長が合うはず」と言っている。二度目のタイトル戦で、両者に戦友意識が芽生えはじめている印象を受けたが、さてどうだろうか。
(以下略)
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「そんな手、一秒も読んでないよ」
7年前のNHK杯戦、郷田真隆九段-先崎学八段戦を観戦した時のこと。
感想戦。
郷田九段 「うーん」
先崎八段 「こういう手はどう?」
郷田九段 (首を振りながら)「いやー、それはいい手かもしれないけど感覚的に指したくない。こっちの手のほうが男らしいな」
二人は仲が良いので非常に和やかな雰囲気。
長考派の郷田棋王だが、自分の感性に合わない手は一秒も読まない、ということがあるのだと思う。
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波長が合う、ということは勝負事では大事なことだ。
最も分かりやすいのがプロレス。
ミル・マスカラスは華麗な空中戦法を得意とする花形レスラーだったが、ジャイアント馬場と戦うと、魅力を発揮しきれなかった。
プロレスのスタイルが全く違うので、お互いの良さが出づらくなる。
逆に、ジャイアント馬場とはプロレスの波長の合う超悪役アブドーラ・ザ・ブッチャーは、アントニオ猪木率いる新日本プロレスへ移籍した途端に、冴えない雰囲気になってしまった。
その逆が、新日本プロレスで暴れていた超悪役タイガー・ジェット・シン。ジャイアント馬場の全日本プロレスへ移籍したのだが、「ブッチャーのほうがずっと面白かった」というのが個人的な感じ方だった。
波長が合うということは、お互いの魅力を引き出し合うことに繋がる。