将棋世界1990年12月号、奥山紅樹さんの第21回新人王戦第1局〔森下卓六段-大野八一雄五段〕観戦記「森下、上四方固めの完勝」より。
対局室・盤側―。
それはリングサイドであり、ネット裏でもある。すもうの向こう正面である。
選手の息づかい、かけ引き、忍耐、手の殺し合い、強打の応酬、ファインプレー、がぶり寄り。その他もろもろが目のあたりに見られる特等席だ。
終日、そこに身を置くことが出来るのは記録係と観戦記者の特権である。大勝負に立ち向かう選手の緊張、執念、自信そして動揺。盤上にヨミふける忘我の表情に、駒台を見るつかの間のしぐさに、棋士のホンネがあらわれ、また巧妙に隠される。
思わぬハプニングもある。
1図から▲6九玉△6二玉と二手指されたところで、対局室にふらり石田和雄八段が現れた。
記録机からちらりと盤上を見て「ん?」。大陸を発見した探検家のような目になった。
「オッ・・・・・・ぼくの将棋だ、これは」
石田流ですね、と水を向けると
「そう。桐山、西川、森下と三連勝・・・不滅の新戦法か。アッハッハッハ」
からからと打ち笑う声のほがらかさに森下・大野両対局者の緊張がとけた。
「大野先生にマネされるとは・・・まあマネされるようなら立派なものか」
と石田プロ。
研究熱心な読者なら、1図を見てピンとこられよう。後手「矢倉中飛車もあるぞ」と見せながら、ここから△6二玉~△7二玉~△6二金と右玉にかまえる。さる9月16日に放映されたNHK杯戦で、石田八段が見せた矢倉新戦法である。
この時の相手は、いま目の前にいる森下卓六段。128手で石田プロの快勝譜となった。
「そう、あれを見て採用する気になりました」
大野八一雄五段の率直な調子に、森下卓六段が酸っぱい表情になった。
「そうでしょう、ハッハッハ・・・カウンターねらいでね」
つぶやく石田八段に大野が一声―。
「相手もカウンターパンチをねらっている時は、どう指したらいいのかなあ」
「その時は、まずジャブを出して、相手が負けじとパンチをくり出したところでピシッとカウンターを一発・・・まあ、あとで教えてあげます」
対局室に爆笑のうずが巻く。森下卓六段が、閉じた扇子をすばやく手の中で回しながらクックッと笑っている。
(以下略)
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石田和雄九段が話すから、面白さや可笑しさが増幅される。
石田九段の会話ではボヤキが最も大きな特徴だが、真摯かつ自信溢れる自慢話も芸術的な冴えを見せる。
自慢だけれども、石田九段が話すので嫌味にならず、ユーモラスな語りとなる。
そういう意味では、加藤一二三九段の自慢話も同じ雰囲気を持っている。
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石田和雄九段と加藤一二三九段が揃うと、それぞれの面白さを引き出し合うような関係となる。
石田和雄九段と加藤一二三九段による大盤解説会を、ぜひ実現してほしいものだ。
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今日から行われる王位戦第1局の立会人は石田和雄九段。
ネット中継で、どのような話が飛び出すか、楽しみだ。