羽生善治前竜王(当時)「また一からの出直しだけれども今は楽しい夢を見ている最中に目が覚めてしまった様な気分」

将棋世界1991年3月号、羽生善治前竜王(当時)の連載自戦記(第16期棋王戦本線決勝 対小林健二八段戦)「積極的に」より。

 11月27日、竜王戦が終わり、僕の肩書きは変わりました。

 結果は残念だったけれども、勝者がいれば敗者がいて、それで成り立つのが勝負の世界。 

 また一からの出直しだけれども今は楽しい夢を見ている最中に目が覚めてしまった様な気分。

 現実を見つめて真っ直ぐ歩いて行きたいと思います。

 そんなこんなを考えている内に次の試合が来ました。

 棋王戦本戦決勝、非常に大きな一番。

 これをビッグチャンスに結びつけたいものです。

 しかし、大阪へ向かう時も緊張感はあまりありませんでした。

 ずっと続いている虚脱感のせいでしょうか。

(中略)

 これで挑戦者まであと1勝となりました。

 そういう意味ではこの1勝はとても嬉しい。

 しかし、何かひっかかるものがあります。本局に関して言えば見落としが多かった。

 今期は勝ってもこういった感じの内容が多いのです。

 何とかしなければと思います。

 12月で私は四段になってからちょうど5年になります。

 あっという間の5年でした。

 がむしゃらに走って来た5年でした。

 これからの5年はどうなるのでしょう。解りません、全く解りません。

 喜び、悲しみ、楽しみ、迷い、苦しみ、悩み。

 今の自分には想像も出来ない色々なことがあるでしょう。

 けれども初心を忘れずに頑張って行きたいと思っています。

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1990年の竜王戦で敗れて初の失冠を経験した羽生善治前竜王(当時)。

以前のブログ記事「一人で行って・・・」の直後のこととなる。

さすがの羽生善治三冠も、ここに書かれている通り、この時ばかりは虚脱感が続いたようだ。

この時から七冠までの道のりを見てみたい。

1991年 南芳一棋王に勝って棋王獲得

1992年 福崎文吾王座に勝って王座獲得(二冠)

1992年 谷川浩司竜王に勝って竜王復位(三冠)

1993年 谷川浩司棋聖に勝って棋聖獲得(四冠)

1993年 郷田真隆王位に勝って王位獲得(五冠)

1993年 佐藤康光七段に敗れ竜王失冠(四冠)

1994年 米長邦雄名人に勝って名人獲得(五冠)

1994年 佐藤康光竜王に勝って竜王復位(六冠)

1996年 谷川浩司王将に勝って王将獲得(七冠)

この期間中、タイトル奪取8、失冠1、防衛15(棋聖戦は1994年度まで年2回の開催)という驚異的な記録。

獲得したタイトルの連続防衛を続けながらの5年をかけての七冠達成だから、凄さが増幅される。

「これからの5年はどうなるのでしょう。解りません、全く解りません」と書かれていた”これからの5年”が七冠達成までの道のりと一致する。

1991年初頭の羽生前竜王の自戦記、今になって読むと、とても感慨深く感じられる。