丸山忠久名人(当時)「……結婚してないので、詰ませたとは言えないですね」

月刊宝石2002年8月号、湯川恵子さんの「将棋・ワンダーランド」より。

 もうじき第61期名人戦七番勝負がはじまる。森内八段を挑戦者に迎えて、丸山忠久名人の2度目の防衛戦だ。

 2年前29才で初めて獲得したタイトルがビッグな名人位だった。一般ファンには谷川や羽生のように大注目された存在ではなかったし、寡黙で記者泣かせの新名人と言われたし、指す時に駒音を立てないのは記録係泣かせでもあったか。棋風は”激辛流”と呼ばれ、とにかく奇妙な印象だった。

 週刊誌の仕事で秋田県へ同行して私はすっかり認識をあらためた。気を張らないというか、周囲を疲れさせるタイプの棋士ではないことに感服した。

 賑やかな宴会で秋田弁の人達の質問コーナーがあり、

「谷川さんと羽生さんとどっちが嫌いですか?」

「女性を詰ませたことがありますか?」

「どうしてそんなに将棋が強いんですか?」

 などなど続々と出た。

 丸山名人は終始ニコニコとしつつも、ひとつひとつ、ちょっと考えてから丁寧に答えた。

「……どちらも、嫌いということはありません」

「……結婚してないので、詰ませたとは言えないですね」

「……自分では強いと思ったことがないので、うーん、わからないんです……」

 久しぶりに先日テレビ東京のスタジオで会った。第35回早指し選手権戦の決勝戦だ。
 放映は朝5時から45分間なので、40手までは収録せず先に指しておく。ちょうど40手めが図の局面。すでに終盤の様相!  先手(屋敷七段)の横歩取りの一戦だった。丸山名人は8四飛型から5筋の位をとって5四飛と構える。最新型だ。そして玉は中原流。金銀4枚で穴熊+美濃囲いのような固さ。攻めは飛・角・桂だけだ。

 図から▲4六銀△5六歩▲同歩△6六歩▲同角△5七歩……いきなり玉頭に襲いかかり、その後も仰天の飛車捌きを見せて結局80手で勝った。

 昨年に続いて2度目の優勝。 だからこそ、名人とは呼ばれなかった1日だった。対局者紹介や考慮タイムのたびに「丸山早指し選手権者」だ。表彰式とうちあげパーティはもう当然、「丸山早指し選手権者」。

 あらためて丸山名人の強さの幅を想った。早指し戦は他棋戦とはちがう強さが必要なのだろう。連続優勝は難しく、なんと20年ぶりのことなのだった。

 乾杯のとき、そこだけエアポケットのようだったから思わず私がビールをお酌した。秋田の人が後で大喜びの手紙をくれましたよと言ったら、名人すぐニッコニコ顔をみせてくれた。

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「谷川さんと羽生さんとどっちが嫌いですか?」

「女性を詰ませたことがありますか?」

は、今でも使えそうな面白い質問だ。

秋田弁だとどう言うのだろう。

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湯川恵子さんは週刊ポストで「トップ棋士が指導する将棋三番勝負」というコーナーを20年にわたり担当していた。

編集者の故・斎藤宜郎さん、カメラマンの弦巻勝さん、湯川恵子さん、その回を担当するプロ棋士の4人が、全国の支部や将棋サークルの元を訪れ、指導対局を行う。

旅情と人情が溢れるこの企画、残念ながら2005年に終了してしまったが、ぜひとも復活させてほしいものだ。

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”気を張らないというか、周囲を疲れさせるタイプの棋士ではないことに感服した”は、湯川恵子さんらしい、湯川恵子さんならではの表現。

読んでいるだけで納得できる。

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1999年に刊行された別冊宝島「将棋これも一局読本」のスペシャルトーク「矢内理絵子女流三段VS碓井涼子女流二段」より。

―プロ棋士でいいなあと思う人は?

矢内 私は丸山(忠久八段)ファンです。あの、ふわーっとしていて優しそうなところが。それから最近は佐藤(康光)名人も素敵に思えてきました。

碓井 一度お仕事をご一緒したときにとても優しくしてくれた杉本(昌隆五段)先生のファンです。でも丸山ファンでもある。この間さあ、連目に棋譜をコピーしにいったら、使い方がわからなくて、ウロウロしていたわけ。そうしたら丸山先生がニコニコしながら無言で近づいてきて、ぱーっとコピーしてくれて、またニコニコしながら去っていった。

矢内 いいよねえ(笑)

(以下略)

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いつもニコニコしていて、ふわーっとしていて優しそうで、周囲を疲れさせるタイプではない人間になってみたい・・・