真部一男八段(当時)の麻雀

将棋世界1991年9月号、大野八一雄五段(当時)の「公式棋戦の動き」の全日本プロの項より。

 今、棋界で隠れた麻雀好きといったらこの2人であろう。特に真部は行動がかわゆいまでの麻雀好きである。

 覚えたての頃は、もっぱら機械を相手にやっていた。少し時間をかけ、機械に善戦できるようになったら武者修行へとくり出したが、結果は散々な目に遭った。

 そこで何を血迷ったか一生懸命、符を覚え出したのである。

 真部曰く「俺は点数を数えられる中で一番弱い雀士だ」。変なことでいばる人だ。

 才能豊かな真部は人が集まれば卓を囲むといった生活を続け短期間のうちに人並みの打ち手と化した(まだ覚えて数ヵ月)。

(以下略)

将棋世界1992年3月号、大野八一雄五段(当時)の「公式棋戦の動き」の王位戦の項より。

 前に書いたが、「俺は符の計算が出来る日本一弱い雀士だ」と胸を張っていた真部がピタッと麻雀を捨ててしまった。

 この捨てるところが真部らしい。理由を聞くと「もう、やらないから」。

 この感覚が私達、物を大事にする(ケチ)人間には判らない。

 せっかく高い金を出して(真部が金を払った訳ではなく、カモっている人間が家におけばもっとカモれると思い、金を出し合って買ったとの説あり)手元に揃えたのをいともたやすくポイッ。

 そう言えば、前に凝っていたステレオも人にあげちゃった事を思い出した。

 今、真部が凝っているのがパソコン。この数十万の品がもうすぐ私のところに来る。

 おっと、もうこんな時間。早よ行こ。

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こういうところも、故・真部一男九段の魅力である。

私が大学生時代、好きな女の子に振られた時に、その子との思い出となるような品物の数々を「焚書坑儒」と言いながら一気に捨ててしまった記憶がある。

真部一男八段(当時)の捨てる行為にはポリシーがありそうだが、私のそれには思想も背景も何もなく突発的なことだ。

それよりも何よりも、真部八段は捨てる側だが、私は捨てられた側だったというのが最も大きな違いだ。