将棋世界2004年10月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。
8月1日、佐藤棋聖の結婚式に招かれた。対局場、いや式場は名人戦で有名な「羽澤ガーデン」。華やかな式のありさまはグラビア頁でご覧いただくとして、まず参会者全員が感嘆したのは、新婦の才媛ぶりで、棋聖の顔が緩みっぱなしだったのは無理もないが、それが披露宴が終わるまでつづいたのだから、さすがに将棋の天才らしく徹底していた。
セレモニーが終わって、くだけた雰囲気になると、式場のあちこちで記念撮影がはじまった。
式場の片隅に腰かけ、ぼんやり眺めていて、ふと気がついた。
新婦の友人なのだろう、数十人の若い女性が招かれていたが、みんな新婦に劣らぬ、才媛なのである。こんなに美女が多く集ったパーティーは見たことがない。私ばかりでなく、みんな同じことを言っていた。
こういうとき、咄嗟の機転がきくのが神吉六段で、後で聞いたのだが、若手棋士数人と美女に声をかけ、合コンを仕掛けたそうだ。その、式場の二階の合コンを、偶然某氏が見てしまった。そして苦笑していわく「手合いが違うや」。
目前ではあちこちで記念写真を撮り合っているが、そのなかで人気抜群なのが谷川二冠。若い女性がいっしょに撮ってもらおうと列を作っている。私は思わず立ち上がって、後列の女性に「あの人のこと知ってるの?」と声をかけてしまった。そして谷川二冠に顔を向けると、眼が合ってしまい、苦笑していた。どうやら聞かれたらしい。いつもながら余計な一言がつい出てしまうのは困ったものだ。今度本気で神谷七段と反省会をやろう。
ともあれ、そのときは、今は羽生、森内でなく、谷川の時代なのだろうか、と思ったものだ。
新郎新婦は笑みが絶えない。あんまりお熱いので、カメラマンも当てられたのか、新郎に新婦が寄り添い、新婦がケーキを食べさせるポーズを注文し、二人がそれに応じると、いっせいにフラッシュがたかれた。
見ている私が照れて汗がどっと出た。後日、オペラ歌手の宮本聡之さんは「お見事でした。私は舞台でもあれは出来ません」と感心していた。
あれやこれや全部引っくるめて、これほど楽しい結婚式はなかった。
ところで、羽澤ガーデンの内部は変わりはてていた。和室の畳は全部除かれて、カーペットが敷かれ、室内は靴をはいたまま入れるようになっていた。対局室は待合室になり、往年の面影は床の間に残っているだけだ。
この分ではいずれ取り壊され、どってことのない洋館に建てかえられるのだろう。代々木の「初波奈」はとうの昔になくなり、四谷の「福田家」はビルになった。由緒ある木造建築が次々に消えて行くのを見ていると、日本は年々貧しくなっているような気がする。
(以下略)
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一瞬、どうして合コンを企画した神吉六段と反省会をしなければならないのだろう、と思ってしまうが、よく見てみると、神谷七段と書いてある。
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羽澤ガーデンはこの翌年の2005年12月まで営業された。その跡地にはマンションが建てられ、今年の6月から入居が開始されているという。
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羽生善治名人の結婚披露宴は代官山に近い中目黒の「Q.E.D.Club」、森内俊之竜王は六本木鳥居坂の「国際文化会館」、佐藤康光九段が広尾の「羽澤ガーデン」と、この三つの会場の共通点は、
- 中目黒、六本木、広尾と、恵比寿から一駅から二駅の場所
- それぞれ、駅からやや離れた場所にある
- 知る人ぞ知る、大規模ではない落ち着いた会場
ということ。
ホテルでの挙式も楽しいが、このような、形容詞でいうと「少数精鋭」的な会場での披露宴も、本当に面白そうだ。