”行方二世”と呼ばれた山崎隆之四段(当時)

将棋世界1998年5月号、「棋士達の背景 四段 山﨑隆之」より。

 第22回奨励会三段リーグが3月5日に全19回戦を終了した。

 晴れて四段昇段を決めたのは、中原誠永世十段門下で25歳、NHK杯の記録係としても顔が知られている高野秀行。次点2回でフリークラス編入した伊奈祐介。そして前期の増田裕司に続き森信雄六段門下の山崎隆之だ。師匠の一番弟子・村山聖八段と同じ広島県出身。14歳で三段リーグ入りし注目されていた期待の新星が四段デビューとなった。

 5歳で父親に将棋の手ほどきを受け、すぐに広島将棋センターに通うようになる。道場のおじさん達とわいわいがやがややるのが好きというから、自然に楽しく上達していき、プロ入りの道を選ぶことになる。

 広島出身のプロ棋士といえば升田幸三の名前がまず思い浮かぶが、奨励会入りの際、最初は村山聖八段門下となる話もあったらしい。

 11歳6級で入門し2級まではわずか半年と順調なスタート。しかしここではじめて壁にぶつかり2級で1年の足踏みをすることになる。この頃は、故郷広島を離れて、森六段(当時独身)のアパートに住み込んでいたが、都会での慣れない生活の不安を乗り越えスランプを脱出、ノンストップで二段まで上がる。師匠の結婚後もしばらく同居していたが、その後の阪神大震災が転機になったと森六段は見ている。 

 14歳で三段リーグ参加は当時注目された。羽生以来の中学生棋士誕生かともささやかれた。通算5期在籍したことになるが、それぞれ成績は7-11、11-7、9-9、11-7、そして12-6。

 得意戦法は?の質問に「力戦形」と答えているように、終盤命のスロースターターなのか。今期5勝3敗のスタートははじめての経験で「これはいける」と思ったという。

 星の伸ばしていき16、17回戦。「ここの2戦で全力を出し切って、どんな結論が出ても残る最終日はがんばろうと思っていたら、ここで運良く決まってしまいました」。5年と半年の奨励会生活だった。

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 師匠からのアドバイスは具体的な方法はまったくなし。「今やっておきなさい」ただそれだけだった。

 スタート地点に立ったばかりの、まだまっさらの状態。苦労を感じさせない純粋さ……。

 小さい頃はよく女の子に間違えられたという愛らしいルックスから行方二世の声もある。このまま大きく進んでいってほしいと思う。

写真: DSC_0168
この時の「棋士の背景」での写真の一部。撮影は故・中野英伴さん。

 

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将棋世界1998年6月号、行方尚史五段(当時)の連載自戦記「裏街道を行く」より。

 先月号の「棋士たちの背景」を読んで一言。山崎君は僕に例えられてはメチャクチャ嫌だろうと思います。佐藤紳哉と並んで棋界きってのジャニーズ系との呼び声高い山崎君と比較されて、僕としては嬉しいけど、違うなっていう感じです。

 間違いなく僕よりはモテモテになってしまうであろう山崎君に、どこかで聞いたような大人の心配。悪い女には気を付けなよ。

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1998年のこの当時、行方尚史五段、佐藤紳哉四段、山崎隆之四段(段位は当時)の3人がジャニーズ系と呼ばれていた。

たしかに、ジャニーズ事務所所属と言われても全く不思議ではない3人だった。

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「その後の阪神大震災が転機になったと森六段は見ている」と書かれているように、森信雄七段と山崎隆之八段の師弟の物語も非常に印象的だ。

森信雄六段(当時)と山崎隆之少年

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4月からのEテレ「将棋フォーカス」の司会は、伊藤かりんさん、山崎隆之八段、中村太地六段。

そして、今日は山崎隆之八段の初登場となる。

山崎八段のトーク、伊藤かりんさんととどのような絡みをするかなど、とても楽しみだ。