将棋世界1984年8月号、銀遊子さん(片山良三さん)の「関東奨励会だより」より。
”花の57年12月入会組”といわれているのだそうだ。へえ、と思って調べてみると、なるほど、天才少年の呼び声も高い羽生をはじめとして、小倉、佐藤(康)、森内という若くて目立つところが皆そうであることに気付く。その他にも木下、秋山、渡辺、豊川など将来を嘱望されている者が揃っている。そこへ、僕もいます、忘れないでください、と言うように飛び込んで来たのが、昨年9月からの成績が42勝10敗(勝率0.808)、現在12連勝中という郷田真隆である。
この郷田、6級で入会したもののデビューいきなり9連敗という苦いスタートを切らされ、58年4月には7級に降級、8月にはさらにBへ転落するなど、いわば「落ちこぼれ」的存在だったのだが、9月に入ってからはまるで人が変わったかのように勝ちだして前記の勝率をマーク、たった8ヵ月半で7級から2級まで駆け上がってきたのである。これを驚異的と言わずして何と言おうか。年齢も13歳と若い。出世頭の羽生もウカウカしていられない。
どこがどうして強くなったの、とちょっとマヌケかなと思う質問をしたら、「原因不明なんです。ただ、前は少しぐらい将棋が良くなっても、最後はきっと負けるんだろうなあと思いながら指していたような気がします」という素直な答えが返ってきた。それを裏返すと、今は少々悪くなっても最後は勝つものだと信じて指していると読みとれなくもない。若い将棋は、自信を持っただけで信じられないぐらいに手が伸びるものなのだ。
2図は、10連勝目をあげた、先崎2級との終盤戦のひとこま。攻めよりも受けの方に味があるな、というのが盤側から見た印象である。そのあたりの、およそ子供らしくない指しぶりは、羽生と共通するものがありそうだ。しかも、ここからの収束のスピードが速かった。
▲7四馬と切り、▲8五銀と根こそぎ敵の攻め駒を取ってしまったのが好判断。以下△7一飛に▲5五歩と角筋を通しただけで、後手は受けが困難になっている。
先崎も△8四歩とイヤ味に迫ったが、▲3三歩成△同金▲3四歩△2四金▲4三金△4一玉▲5三金△8五歩▲4二銀△3二玉▲3三歩成(3図)が正確な寄せで、まったく抵抗させなかった。鮮やかなものである。どこまで連勝を伸ばすか、そして羽生に並べるのか、あるいは追い越してしまうのか、興味深い新星が現れたものだ。
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郷田真隆王将が初めて将棋世界の誌面に登場した記念すべき記事。
入会した1982年12月から1983年8月までの9ヵ月間、12歳の少年が心折れることなく頑張ってきたことだけでも凄いことなのに、更には8ヵ月半で7級から2級へ。熱血将棋漫画の序盤のような劇的な展開だ。
1983年の8月か9月に、郷田少年が「少しぐらい将棋が良くなっても、最後はきっと負けるんだろうなあ」と思わなくなったきっかけは何だったのだろう。
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よくよく考えてみると、私も深層心理で「少しぐらい将棋が良くなっても、最後はきっと負けるんだろうなあ」と思いながら指していることが多いような感じがする。
大野源一九段や升田幸三実力制第四代名人の振り飛車が大好きで、その序盤・中盤に感動していた私は、振り飛車をうまく捌いて敵陣に飛車を成り込めばもう大満足。
もともと終盤は苦手なので、中盤まで優勢でも最後はわからない。
こんなこともあった。
これからは、少し心を入れ直そう。