「あんな将棋指してたら、A級落ちても仕方ないで」

近代将棋2005年2月号、故・池崎和記さんの「関西つれづれ日記」より。

11月某日

 関西将棋会館で第30回「将棋の日」イベント。関西の棋士のほとんど(9割くらい)が出演する、年に一度の”ファン感謝デー”だ。

 このイベントについては関西将棋会館のホームページに詳しいレポートがあるので、そちらをご覧いただくとして、ここではとっておきの「面白ネタ」を書いておこう。

 昼過ぎ、控え室で佐藤棋聖や浦野七段と雑談をしていたら田中魁秀九段が入ってきた。佐藤さんの師匠で、関西ではカイシュウ先生と呼ばれている。

 そのカイシュウ先生が佐藤さんに気づいて「佐藤君、ちょっとちょっと。この間のNHK杯戦の将棋やけどな」と言う。テレビでご覧になった方は多いだろう。佐藤さんが中井広恵さんに辛勝した将棋のことだ。

 僕は師匠が弟子を冷やかすと思っていた。例えば「冷や汗かいたやろ」とか、「ビックリしたで」とか。ところがカイシュウ先生の口から出てきたのは、そんな言葉ではなかった。正確に再現しておこう。こう言った。

「あんな将棋指してたら、A級落ちても仕方ないで」

 うわーっ、キツーッ。いきなりストレートパンチを浴びせるとは、さすがカイシュウ先生である。いや、カイシュウ先生としてはジョークのつもりだったのかもしれないけれど、やはり強烈パンチには違いない。

 こんなとき、空気が凍りつかないのが関西のいいところで、僕は浦野さんと一緒にハハハと笑った。笑うしかないではないか。

「は、はい……」と苦笑する棋聖。いちばん意表を突かれたのは、やはり佐藤さんだったのは間違いない。

 午後3時過ぎから谷川棋王と野球解説者の広澤克実さん(阪神ターガースのOB)との特別対談(司会進行は神吉六段)。

 終了後、チャリティー・オークションがあった。谷川さんの詰将棋入り直筆色紙や、広澤さんの阪神時代の写真を彫り込んだオリジナルライター(ジッポー)などが出品され、僕はライターを5,000円でゲットした。

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中井広恵女流王将・倉敷藤花(当時)は、この年度のNHK杯戦、1回戦で佐藤秀司六段(当時)に勝って、2回戦で佐藤康光棋聖(当時)に必勝の将棋を敗れている。

ちなみに前年度の中井女流二冠のNHK杯戦は、1回戦で畠山鎮六段(当時)を、2回戦で青野照市九段を破り、3回戦で中原誠十六世名人に敗れている。

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気さくで、温厚で、弟子思いの田中魁秀九段。

思った事を素直に屈託なく口にするのも田中魁秀流と言われている。

悪気のない直球の冗談というところだろうか。

「あんな将棋指してたら、A級落ちても仕方ないで」も、ニコニコしながら話した光景が頭の中に浮かんでくる。

それと同時に、弟子を思う気持ちも強く伝わってくる。

 

田中魁秀九段が弟子を怒らない理由(NHKテキストビュー)

最強にして最大の関西弁ギャグの使い手

佐藤康光九段の入門時代

「うちの佐藤がお世話になりましてぇ」