大時代的な表現の順位戦予想

将棋世界1991年7月号、「順位戦星取り表」より。

淵に沈むな彗星たちよ

 夢と希望、そして人生までをも飲み込んでしまうブラックホール。それがC2順位戦だ。

 この穴に陥った彗星たちは、失意の淵に沈み、漆黒の闇が身体中にまとわりつき染まり、そして星屑と化す。この歴史を見るにつけ、注目の男がいる。

 中川大輔だ。3年連続8勝2敗を挙げながらいずれも次点。実力もあり順位もいい、成績だっていい、なのに上がれない―。神の選択は彼にとり無情だったが、そろそろ機嫌を直してくれるだろう。中川を本命に推しておく。

 次はズバリ郷田。棋聖戦と王位戦での活躍は見事なもの。キリリと引き締まった顔立ちは”若武者”と呼ぶにふさわしい。深紅の甲冑を身にまとい、天駆ける跳ね馬に跨った郷田が、闇の中を疾走する姿が目に浮かんでくるようだ。

 ここでハタと困ってしまう。もう1人、いったい誰を挙げればいいのか?少し下の方をのぞいて見ると、4つの新星が控えめながら瞬いている。

 その光芒の中で、一番鮮やかな色彩を放っているのが藤井だ。2敗すればそこで終わりの位置であるが、若さは困難を駆逐する最良の剣。桜の花が咲く頃にはアッと驚く結末がやってくるだろう。

 このクラスは他にも候補はいくらでもいるが、それをいちいち挙げていたのではキリがない。が、後2人だけ要注意的存在の、強い絆でむすばれた畠山鎮、成幸の編隊を挙げさせてほしい。

 前期、50・51位で並んでいた2人だが、今期も仲良く23・24位で並んでいるあたりはさすが双子。

 1人走ればもう1人と、連鎖反応があるのだろうか。前述の3人と当たっていないのも強み。この兄弟が棋界初のアベック昇級を果たせば、棋史に残る偉業となる。

(以下略)

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この期のC級2組では、有森浩三五段、石川陽生四段、丸山忠久四段がそれぞれ9勝1敗で昇級している。

8勝2敗が先崎学四段、中田功五段、畠山鎮四段、平藤真吾四段。(段位は当時)

予想は難しいものだ。

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この文章は誰が書いたのだろう。

ケレン味たっぷりの大時代的な表現がとても面白い。

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大時代的というと、江戸川乱歩の小説で明智小五郎が怪人二十面相に対して何回も言っているであろう「正体を現したな、悪の化身、二十面相!」を思い浮かべる。

相手を捕まえなければならない1秒でも無駄にできない緊迫した場面なのに、「悪の化身」と、当時でさえ誰も日常会話では使わないような言葉がわざわざ入るのが趣のあるところ。

本格的な大時代的な表現としては、木村義雄八段と坂田三吉八段の南禅寺の決戦の時の新聞の見出し。

「ああ死闘! 聖盤に砕く肝膽」

肝膽は現在では肝胆と表記する。

昭和50年代以降の大時代的な表現の代表的な例としては、故・萬屋錦之介さんの演技。もう誰もできないような絶妙の芸。