将棋世界1995年5月号、勝又清和四段(当時)の四段昇段の記「師匠」より。
何故石田和雄九段門下なのか、僕がよく訊かれる質問である。
僕がアマチュアのときは内田昭吉先生に教わっていた。内田先生は、今は普及指導員としてNHKスクールの講師をしている。
その内田先生が、当時通っていた神奈川県厚木にある、厚木王将という道場で、師範をしていた。その縁で教わることになった。
その内田先生にプロ入りを勧められ、いざ師匠をという段になった。ところが神奈川県在住の棋士にお願いしたところ、たまたまみな弟子を抱えていて断られた。それでということで、内田先生に石田先生を紹介していただいたわけで、奇妙な縁であり幸運だった。
石田先生に初めてお会いしたのは、たしか奨励会試験を受ける2週間前だった。
角落ちを指し、ゆるめてもらって、さて局後。石田先生が僕をほめる言葉を探して、あの調子でうーんと唸っている。
そして一言、「面構えがいいねえ」。
思わず吹き出しそうになってしまったことを覚えている。その場にいた親父はしかめっ面していたっけ。
石田先生で一番印象に残っているのは、A級昇級の一番を負けた翌日の石田教室のこと。
かなり落ち込んでいたが、指導が終わった後、近くに住んでいた森下先生を呼んで、昨日の将棋を研究したのだ。厳しい意見を言う森下先生に、盤面を凝視しながら答える石田先生の姿、あの時のことは忘れられない。
将棋はあの角落ち以来一局も教わらなかったが、師匠が石田先生でなければここまで僕は頑張れなかっただろう。
図は16回戦の対松本戦。この時は風邪でひどい状態だった。点滴まで受けたが、声が出せず、座るのがやっと。
図でよく▲3七角が指せたと思う。以下△8七金▲同金△同歩成▲同玉△8六歩▲7八玉△3七角成に、▲3一金△4二玉▲4一竜△5三玉▲6五桂△6四玉と決めてから▲3七銀右と角を取ってはっきりした。
今までを振り返ってみて、僕は非常に運がいいと改めて思う。石田先生、内田先生、棋士の先輩方、そしていままでお世話になった皆様方、有難うございました。
これからも頑張っていきます。
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「面構えがいいねえ」は、日常生活の中ではなかなか使われることのない言葉だ。
女性に「面構えがいいねえ」と言ったら、歓迎されないことは間違いないだろう。
「面構え」を辞書で調べると、「顔つき。特に、強そうな顔のようす」とある。例えば「不敵な面構え」といった場合、「強そうで不敵な顔の様子」ということになり、”強そうな”の形容詞がデフォルトで含まれていることになる。
女性に対しては、アニマル浜口さんが試合を数分後に控えた浜口京子選手に、「京子、今日の面構え、なかなかいいぞ」というのが典型的な使われ方なのかもしれない。
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一方、「面構え」は、目上の人にも使いづらい。
大山康晴十五世名人に、「大山名人、いい人相をされていますね」はありだと思うが、「大山名人、いい面構えをされていますね」は相当な度胸があっても言えない言葉だ。
これらを総合すると、「面構えがいいねえ」という言葉は、師匠が弟子に使うケースが最もピッタリしているのではないかと考えられる。
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石田和雄九段の、あの唸るような調子での「面構えがいいねえ」。
ある意味では、「終盤が驚くほど鋭いねえ」や「序盤も中盤も終盤も隙がないねえ」や「駒捌きが絶品だねえ」などよりも貴重ないい言葉のような感じがする。
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