将棋世界1984年6月号、神吉宏充四段(当時)の「関西奨励会の内奥に迫る 神吉宏充の突撃レポート」より。
2番手に登場してもらうのは、”感動少年”と同門の阿部隆初段である。
彼は関西奨励会初段陣では15歳と一番若く、有望株の一人である。彼も熱血漢で、自分が正しいと思ったら相手が誰であれおかまいなしに張り合う。自分の信念を曲げないが、それはそれなりに筋が通っていて楽しい。
それにおもしろい所もある。先日の野球の試合で、彼は内野へゴロを打ち、猛然と一塁へダッシュして内野安打。次の打者が打席に立とうとしたがバットがない。よくみるとアベ君はバットを持ったまま走っていたのだった。
また、奨励会の仲間数人で映画を見に行こう、ということになり、一行は繁華街へと繰り出して行った。アベ君は先輩達の見る映画は何か興味を持ちつつ、ついて行くと先輩達は日活アダルト映画の前で立ち止まった。アベ君はそれが何かすぐわかったらしく、先輩の手を引っ張りながら道の真中でこう叫ぶのだった。「フツーの映画館へ行きましょうやー」「フツーの映画見ましょうやー」 それは本当に大きな声であった。通行人は皆そちらを向き、何事かと見ている。あわてた先輩達は、ソソクサと引き返して行った。この先輩達の目的を木端微塵に打ち砕く意志の力。これがアベ君の真髄である。
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将棋世界1984年8月号、神吉宏充四段(当時)の「関西奨励会の内奥に迫る 神吉宏充の突撃レポート」より。
”フツーの映画館へ行きましょうやー”とアダルト映画館の前で立ちはだかり先輩3人に方向転換を余儀なくさせた阿部隆初段が12勝3敗と見事な成績で昇段した。おめでとう。尚、このアベ君をアダルト映画に誘った3人組の正体が我々調査隊の手で調べた結果、判明したので発表しよう。その名も”アダルト3兄弟”(K二段、F二段、K2級)恐ろしい3人組である。イニシャルで発表したので読者の皆さん誰だかわかるかな?
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この頃の関西奨励会にはK二段、F二段が一人ずつおり、K二段は神崎健二二段(当時)、F二段は藤原直哉二段(当時)ということになる。
K2級は二人おり、こちらは現観戦記者の加藤昌彦2級(当時)と見て間違いないだろう。
人間味溢れる優しい先輩達だ。
しかし、阿部隆初段(当時)の写真を見ると、どう見ても18歳未満にしか見えず、入場を断られていた可能性も高いので、本気で日活アダルト映画館へ入ろうとしていたのかどうかはわからない。
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14年前の話。
中学校の教師をやっている学生時代の友人が突然「キャバクラに行ってみたい」と言い出した。その友人は真面目なのだが、同窓会の帰りでもあり、もう少し遊びたかったのだろう。私は何度か行ったことのある上野広小路にほど近いキャバクラへ彼を案内した。私自身、その店へ行くのは3年振りのことだった。
店へ入ると、「コスチュームイベント日」ということで、店の女性は皆セーラー服を着ていた。毎週土曜日がコスチュームイベント日のようで、その日はたまたまセーラー服の日だった。
学校の先生と一緒に行った日が「セーラー服祭り」とはなんと出来過ぎなのだろうと思ったのだが、私はセーラー服は好みではない。
席に着いてくれた茶髪の子は、友人が中学の先生であることを知ると、
「私さ、学生の頃不良で先生のこと随分と困らせたんだ。今思うと、悪いことしたなって…先生って聞いちゃうとお詫びの意味を込めてすごく優しくしなきゃって思うの。今日は一緒にどんどん歌おうよ」
その日は友人ばかりがモテていた。
2時間ほど飲んで店を出て、30秒ほど歩くと「あっ、○○先生!」と声をかけてくる女性二人組がいる。
「おっ、□□と△△じゃないか、こんなところで何してるんだ」
「先生こそ、どちらへ行かれていたんですか」
女性二人組は友人の昔の教え子で、今は大学生らしい。
ものすごい偶然だ。
「い、いや、今日は同窓会があって、こいつと居酒屋に行っていたんだよ」
立ち話をしている場所は、たまたまポルノ映画館の前。
女子大生風の女性二人と中年の友人がそのような場所で仲良く話をしている光景が不思議に見えたのか、ジロジロとこちらの方を見ながら通り過ぎていく人がとても多かった。
ポルノ映画館の前は、非常に注目を集める場所だということをその日は感じたのだった。
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ところで、NHK将棋講座最新号に掲載されている藤原直哉七段の自戦記(対行方尚史八段戦)が非常に面白く、お勧めです