将棋世界1999年9月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。
トップクラスの将棋は、ほとんど「横歩取り」か「角換わり」である。ところが先日C級2組の順位戦を見ていて気がついたのだが「横歩取り」は指されてなかった。
どうしてだろう。と言ったら、誰かが「中座飛車は金持ちクラスが指す戦法で、下位クラスは怖くて指せませんよ」と言った。
なら中間階級のBクラスはどうなっているか。この日見たところ、「横歩取り」は青野九段対井上八段戦だけだった。これを得意としている高橋九段も矢倉だし、泉七段は、▲3四飛と取らずに▲2八飛と引いていた。「横歩取り」の是非も、そろそろ結論が出そうである。
記事はいきなり核心に入るが、午前零時に近くなったころ、快勝した神谷七段が控え室に来た。こらえても笑みがこぼれる、といった顔だ。
こういうときは「うまく指したね」くらいのことは言わなきゃいけない。それがエチケットというものだ。
待ってましたと「ちょっとした手を指したんですが、知ってますか?」
「いや、見てなかった。それを見せてよ」
というわけで神谷君が自戦解説をしてくれた。おもしろくなるのは10図からで、この△4五歩は悪手。こう指してくれないかな、と思っていたそうである。
10図以下の指し手
▲6五歩△9七角成▲8八銀△9六馬▲7七角△4四銀▲4五銀(11図)銀取りをどう処理するかだが、▲6五歩と突いて△9七角成を誘い、▲8八銀と引いたのがうまい。これで▲7七角の王手が生じた。そうして、△4四銀に▲4五銀。まったく夢のような手順で、△4五歩をとがめた。
神谷七段会心の手順はこれだけではない。この直後に、真の見せたい手があらわれる。
11図以下の指し手
△5七歩成▲同金△5五歩▲4四銀△同金▲8六銀(12図)△5七歩成は、△5五歩と打つための防ぎの手。先手は、▲5七同金で▲4四銀と取る手もあったが、優勢を意識し、ややこしくなることはしない。
ただ、銀をさばいた後が問題で、▲4一とのような凡手は、△8五馬と桂を取られて存外難しい。ここで神谷七段は丸山八段を思い浮かべた。
「彼ならどう指すだろうかと。そして▲8六銀を発見したんです。どうです、丸山流でしょ」
なるほど堅実だ。お説の通り▲8六銀で、まぎれもなく先手勝勢である。
そうか、手を探すために、丸山八段をイメージするという手があったか。しかしそれは昔からみんなやっていた。たとえば、受け身になったとき、大山名人ならどう指すか、などと。だけれど、大山流の手を見つけられるわけではない。▲8六銀は、たしかに丸山八段が指しそうな手だが、これを見つけたのは神谷七段の才能なのである。
(つづく)
——–
神谷広志七段(当時)の、流れるような絶妙の手順と、激辛で堅実な▲8六銀(12図)の組み合わせが鮮やか。
▲8六銀の一手で見違えるような先手陣になっているのが驚きだ。
——–
羽生善治三冠ならどう指すだろうと考え、忙しい戦いの真っ最中にじっと端歩を突く、
渡辺明竜王ならどう指すだろうと考え、馬を只で捨てて敵の竜の筋をずらす、
など、いろいろと考えられるが、やはりそうそうできるものではないと思う。
——–
神谷広志八段の『禁断のオッサン流振り飛車破り』が、神谷八段らしさ全開で、かなり面白そうだ。
→新刊案内「禁断のオッサン流振り飛車破り」 ~いにしえの戦法、鳥刺しを学ぶ~(マイナビ将棋編集部BLOG)
——–
昔、”オッサン”の特徴として、
- 温泉に入ると必ず「ヴーッ」と唸る
- 喫茶店に入ると必ずおしぼりで顔を拭く
- 蕎麦を食べる時に必要以上に音を立てる
などと本に書かれていたことがあった。
私独自の調査でも、
- おでんを頼む時、初めに大根とコンニャクを頼む
- 夏の喫茶店では必ずアイスコーヒーを注文する
などがオッサンの傾向として見受けられた。
どれも自分には該当しないので安心していたのだが、さすがにそうも言っていられない年齢になってしまった。
『禁断のオッサン流振り飛車破り』、共感できるとことが数多くあるのではないかと思っている。
——–
今日の話に続く明日の話の主役は別の棋士になるが、この対局の終わった神谷七段が、なくてはならない脇役として登場する。