八木下征男さん(八王子将棋クラブ席主)の妙案

近代将棋1986年3月号、読者の投稿欄「ふれあい広場」より、八木下征男さんの「将棋のハンデ戦について」

 今から30年ほど前、八王子市営グランドで当時、日本の中距離界のトップランナーであった室谷という選手が、八王子の精鋭陣を相手に、400メートルのトラック競争を行ったことがある。勿論、室谷選手は400メートルを走るのだが、八王子の代表選手はあらかじめ、スタートラインを40メートルだったか50メートルだったかは忘れたが、前方にずらしたハンデ戦である。それでも一周を終えると、室谷選手がトップでゴールインしたのを見て、少年の私はさすがに日本一はすごいなと感心した記憶がある。

 合理的なハンデと言われる囲碁の手合いには、ちょうどその室谷選手の400メートルレースを連想させるものがある。

 ところが将棋のハンデ戦では、スタートラインを一緒にする代わりに、上手は片方の鼻の穴に栓をしましょう、片手を使わないで走りましょう、さらに力量差のある時には片足とびで走りましょう、という方法がとられている。囲碁が序盤の手の遅れをいかに上手がつめて行くかの勝負であるのに対して、将棋では上手側に初めから欠陥をつくることで、勝負の均衡が成り立っていると言える。

 長い歴史と伝統の駒落ち戦には、それなりの見どころ、面白さは確かにあるけれど、それと同時に、下手の駒落ち敬遠の思想が根強いのも現実である。その理由として、駒落ちではその段階において、それぞれの定跡を憶えなくてはならない。落とされると取る駒がないからつまらない。異種駒の交換をした場合、形勢判断の重要な要素である駒の損得計算がわかりにくい。平手にも通用する要素があると言われるにもかかわらず、さて、それでは具体的に平手のどのような局面にどう通用するかについては、ふれられている棋書が少ないことなどがあげられよう。

 囲碁のハンデ戦には、将棋で言う平手の要素がかなりあるように思うが、将棋の駒落ちは、平手とは別の独立した分野の印象すらある。今、将棋ファンとして定着している人達は別として、これから新しいファン層を開拓して行くためには、何より入りやすい態勢を整えることも重要かと考える。従来の駒落ち戦はそれとして、別な形のハンデ戦があっても悪くはなかろう、と考えたのが次の試案である。

 力量差に応じて、最初に下手に2手指し、3手指し、4手指しをさせるのである。これは7六歩、9六歩、5六歩、1六歩あたりの組み合わせが適当かと考える。ついでながらそれぞれの下手の型に、連珠のような水月とか風月とかの美しい名称を与えるのも面白いのではないだろうか。これならハンデではあっても平手戦である。奥深い将棋にさらに新しい分野が拡がることにもなる。

(八王子市 八王子将棋クラブ席主)

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たしかに、下手が2手指し、3手指し、4手指しした状態から始まるハンデ戦というのも面白そうだ。

7六歩、9六歩、5六歩、1六歩の4手指しならどれくらいのハンデになるのだろう。

相手が強ければあっという間に追いつかれそうなので、香落ち位になるような感じがする。

▲2六歩▲2五歩▲2四歩▲2三歩成(持ち駒は歩)の4手指しした局面から開始するのは邪道かもしれないが、理論上は2枚落ち、実際には4枚落ちか6枚落ちの手合いだろうか。

あるいは、下手が自分の好きな戦法の完成形(美濃囲い+石田流本組など)、上手が初形ということも考えられる。

初級者の指導対局に取り入れても面白いかもしれない。

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八木下征男さんは、昨年末に惜しまれながら閉所した八王子将棋クラブの席主。

羽生善治九段をはじめ、多くの棋士や女流棋士を輩出した道場だ。

羽生竜王育てた男・八木下征男さん、奇跡の出会い「感謝」(スポーツ報知)

この投稿は、羽生九段が四段に昇段したすぐ後の頃。

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