大崎善生さん「生まれて初めて本を書きました。『聖の青春』という題名の村山聖九段の一生の物語です」

将棋世界2000年3月号、大崎善生編集長(当時)の編集後記より。

 生まれて初めて本を書きました。「聖の青春」という題名の村山聖九段の一生の物語です。最後の最後まで夢を諦めず懸命に生き抜いた村山九段のことは何としても残したいと思っていました。

(以下略)

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『聖の青春』は2000年2月18日に出版され、同じ年の5月に第13回新潮学芸賞、7月に第12回将棋ペンクラブ大賞を受賞している。

将棋ペンクラブ会報2000年秋号、「第12回将棋ペンクラブ大賞最終選考会」より。

最終選考委員は、常盤新平さん、田辺忠幸さん、高橋呉郎さん。技術アドバイザーが内藤國雄九段。

司会 著作部門に移ります。内藤國雄九段の評も参考にしてください。高橋さんからお願いします。

高橋 他の賞ももらっていますが、部門賞は『聖の青春』です。村山という男の存在を多くの人に伝えたいという著者の思いが強く出ている。ほとんど大崎さんが村山に乗り移って書いた私小説みたいなものです。思い入れが強過ぎて、文章も「魂の根源からしぼり出されたような純粋な叫び」というオーバーな表現が随所に出てくるけれど、それが不自然じゃない。著者の、この男の記録だけは残したいという意気込みと、文章がぴたりと合った。ほかの本だったら、僕なんかちょっと読めないですよ(笑)。普通のノンフィクションなら通らない文章です。「おまえそこにいたのか」と思わせるような描写も多い。

常磐 実際に著者がそこにいたような気がしますね。

(中略)

司会 常磐さんの部門賞候補は?

常磐 『聖の青春』です。10年に1作という傑作じゃないかと思いました。感情過多のところはありますが、違和感なしに読める。一気に読みました。大崎さんは、割と村山さんに対して冷たいんですね。村山さんが相談にきても、突き放したりしている。そのへんも隠さずに書いている。森さんの人柄も面白い。

高橋 この作品の一番の傑作は師弟愛です。いまどきよくぞこんな師匠と弟子がいたという感じです。村山さんは近年まれにみる破滅型ですね。

常磐 羽生さんや佐藤さんなどとは対照的な感じですね。

司会 田辺さんはいかがですか?

田辺 大崎善生とは付き合いが長いが、彼はもともと編集者だから、自分ではあまり書かない。昔、将棋世界で書いた原稿を見ると、相当表現がオーバーなのがある。今回の作品も、そういう傾向があるにしても、これだけ将棋関係の本が売れて、婦女子の涙まで誘った。まさに空前絶後。将棋の書物にはないことでしょう。それだけでも大変なことです。ウチのカミさんなんかも泣きながら読んでましたからね。

常磐 紅涙を絞るというやつですね(笑)。

田辺 師匠の森さんが、ある意味では村山君より主役ですね。大崎さんが森さんと非常に仲がよかったから、この本ができたと思う。異常と思えるくらいに仲がいい。

常磐 森さんが大崎さんのところに泊まりにくるんですよね。

田辺 『聖の青春』は、大賞中の大賞の価値がある。

高橋 あえて不満をいえば、「村山がもし病気でなかったら、名人になったろう」という印象を読者に与えることです。名人というのは、体が丈夫ならとれるとか、そんなものじゃないと思う。

田辺 病気がなかったら棋士にならなかったかもしれないしね。

高橋 それをおいても、いい作品であることは間違いない。

(中略)

司会 では、著作部門の部門賞は大崎善生さんの『聖の青春』、佳作が高橋冨美子さんの『駒袋』ということでよろしいでしょうか。

一同 異議なし。

(中略)

司会 これで各部門賞から大賞を1作選んでいただきたいと思います。部門賞は、観戦記部門が青野さんの王座戦観戦記、一般部門が松原さんの『コンピュータ将棋入門』、著作部門が大崎さんの『聖の青春』です。

常磐 『聖の青春』しかないでしょう。

田辺 今回はこれで決まりですね。

高橋 将棋指しのことを書いて、一般にこれだけ認められたのは初めてですよ。

常磐 最大の快挙です。女の人も読んでいますからね。

高橋 大崎さんは、森さんとも村山さんとも親しく、たしかにいい位置にいた。だけど、それで書けるというものじゃない。惚れこんだからといって書けるものでもない。高く評価していい作品です。

司会 それでは今回の将棋ペンクラブ大賞は大崎善生さんの『聖の青春』に決定します。

一同 異議なし


〔著作部門・技術アドバイザー 内藤國雄九段の感想〕

「聖の青春」

 村山君とは何局も指しているが、そのイメージは努力家であり執念の人です。残り時間ギリギリ、59秒で指すような、いわば淡路(九段)型の将棋でした。でも将棋を指しただけでは人柄というのは分からないもので、この本を読んでみて、天才だと知りました。

 私は村山君とは年代も違うので、親しくしゃべったりお酒を飲んだこともありません。でも本の中の村山君を見て、破滅型の天才棋士だと分かりました。

 そういう本を書いた大崎さんの筆力に脱帽です。

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この頃の将棋ペンクラブ大賞は、観戦記部門、一般部門(雑誌記事などが対象)、著作部門、それぞれの部門で部門賞と佳作が選ばれ、部門賞3作の中から大賞が選ばれていた。

部門賞が現在の大賞、佳作が現在の優秀賞だったわけだが、そういう意味でも大賞は、大賞の中の大賞、という位置付けとなる。

いつも冷静な3人の最終選考委員が熱い。

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今日、東京・神楽坂で、森信雄七段と大崎善生さんのトークショー「村山聖という天才がいた」が開かれる。

映画「聖の青春」公開記念 森信雄×大崎善生「村山聖という天才がいた」(日本将棋連盟)

各種のイベントには滅多に行くことのない私だが、さすがにこの二人のトークショーだと心が動いてしまう。

チケットを購入してウキウキした気分になっている。

今日の19時からがとても楽しみだ。

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聖の青春

聖の青春 (講談社文庫)

聖の青春 (角川文庫)