将棋世界2001年5月号、藤井猛竜王(当時)の昇級者喜びの声(B級1組→A級)「上を向いて歩こう」より。
その日、東京の空はよく晴れていた。
「第一番 大吉」。おみくじをそっとポケットにしまうと、境内を後にした。初詣でも悪くない。気分が良かった。
大吉は引いたことがあっても、「第一番」は初めてだ。21世紀最初の2001年お正月に「第一番」。
頑張ればきっといいことがある。素直にそう思えた。2月、3月の順位戦、私が負ければ競争相手二人の昇級は即決定。絶対そんな楽をさせてはいけない。そのために勝つ。ただそれだけだった。自分の昇級のことはまったく頭になかった。
自分が勝つ。すべてはそれからだ。勝たなければ何も始まらない。他力で昇級したのは初めてで、何か変な感じがした。
プレッシャーに打ち勝って、ずっと先頭を走ってそのままゴールするのは相当大変なことだが、その分1年間順位戦を戦い抜いた達成感もまた大きい。
その点、今回は気楽に戦えたが、まだ少し不完全燃焼の気分だ。棋士や、棋士を目指す多くの人が夢や目標に名人を挙げるが、私はそれを口にしたことがなかった。
名人戦に出たい、名人になりたい、そう思うことすらなかった。
プロを目指し、プロになってからも、ずっとA級が目標だった。
そしてA級になった今、私はやっと名人を思う資格を与えられたのだ。
棋士になって10年。何時の間にか、こんな高い所まで登って来ていた。この先の道は、さらに細く険しい。
足元を見たら怖くて歩けない。
だから、「上を向いて歩こう」。
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「第一番 大吉」とは、本当にご利益がありそうなおみくじだ。
竹俣紅女流初段も、以前、太宰府天満宮で「第一番 大吉」を引いている。
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私は子供の頃から学生時代まで、おみくじで大吉が出ると嬉しくなって、家に持って帰っていた。
小吉や凶が出た時だけ、それこそ神頼みで、「あとはそこのところよろしくお願いします」と境内の木の枝に結んでくるというパターン。
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よくよく考えてみると、私は初詣には生まれてから1回しか行ったことがない。
仏壇も神棚もある典型的な日本的な家に生まれているが、両親が初詣へ行くという習慣を持っていなかった。
行っても混んでいるから家にいる方が良い、という考え方だったのだろう。
私が行った唯一の初詣は、2000年1月1日の午前1時頃の東京・日枝神社。
2000年問題での1月1日9:30出社組で東京にいたこともあったが、初詣へ行ったのは他の理由が大きかった。
他の理由→第1期リコー杯女流王座戦五番勝負第1局/ホテルニューオータニ物語
ああぁ……