将棋世界2001年4月号、編集部記の第50期王将戦七番勝負〔羽生善治王将-谷川浩司九段〕第5局「羽生、激闘を制して王将戦6連覇を達成」より。
今シリーズ2度目の四間飛車を用いた羽生に、谷川は左美濃から銀冠に組み替えて対抗した。だが角交換の展開となると互いに動きにくくなり、手詰まりから一時は千日手も懸念された。
谷川は1図で、金銀がバラバラな形の羽生陣に隙ありと見て、▲3五歩△同歩▲2四歩△同歩▲2三角と打ち込んで仕掛けを敢行した。だが羽生に冷静に応じられて結果的に無理筋となり、捨てた香で角も取られて形勢を大いに損じた。
ところで棋譜を見れば分かるが、1図の局面は、羽生は高美濃から銀冠に組み替えるために8筋に銀を上げたのではない。銀冠に組んだ後、△6二金寄~△6一金と囲いをわざと崩して手待ちをした。まるでボクサーが両手を故意にだらりと下げて相手を挑発するような何とも不思議な指し方で、千日手を嫌う谷川に無理攻めを誘う羽生独特の勝負術ともいえようか。そして、谷川はその羽生の術中にはまってしまった……。
羽生は優位を着実に拡大していき、終盤での谷川のと金による懸命な寄せに対して、△9三玉と早逃げしながら自陣の飛車利きを敵陣に通し、最後は△7五桂の妙手で鮮やかに決めた。
(以下略)
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この一局の流れを見てみたい。
出だしは、羽生善治王将(当時)の藤井システム模様。
そして、オーソドックスな対抗形へ。
角交換はあったものの駒組みは頂点に達し、局面が煮詰まってきた。
ここで羽生王将は、11分の考慮で△6二金寄の手待ち。
谷川九段は18分考えて▲3七桂。
普通なら△7二金と戻りそうなところ、羽生王将は31分の長考で△6一金(4図)!!
ほとんど、「攻められるものなら、どうぞ攻めて来てくださいよ」、バトルロイヤル風間さんの4コマ漫画風なら「かかってこい!谷川ーっ」と酔っ払いながら挑発しているような図。
ここで心穏やかでいられる棋士は何人いるだろう。
とはいえ、まだ先手からすぐに仕掛ける手順はない。
谷川九段は48分の長考で▲1六歩。
ここでも羽生王将は△7二金と穏便に行く道は残されているが、16分で△1四歩(5図)。▲1六歩にお付き合いする、それこそ4図よりも更に相手を挑発している状態。
ここから谷川九段が猛烈に攻め始める。
5図以下の指し手
▲3五歩△同歩▲2四歩△同歩▲2三角(6図)
▲4五角成となれば先手有利に運べるが、羽生王将は△3六角(7図)と冷静な一着。
谷川九段は攻め続ける。
7図以下の指し手
▲1五歩△同歩▲同香△同香▲3四歩(8図)
香を犠牲に歩を入手し▲3四歩。先手の飛車は捌けるが、しかし…
8図以下の指し手
△4四銀▲2四飛△2二香(9図)
捨てた香での田楽刺しが痛い。しかし、谷川王将は承知した上での攻めだったか。
9図以下の指し手
▲4一角成△同飛▲2二飛成△7二金▲2五桂(10図)
先手、竜は作ったが、何と言っても角損。後手陣は普通の銀冠に復帰。
10図以下の指し手
△5五歩▲3三歩成△4六歩▲4二と△8一飛▲4六歩△5六歩▲6八銀△5五銀▲4三と△6五歩(11図)
先手はと金を作ったものの、やはり角損のまま。後手からは△6五歩(11図)と急所に手がついた。
11図以下の指し手
▲5九香△6九角成▲5六金△8五歩▲5五金△8六歩▲同銀△8七歩▲同玉△8九角▲7九銀△8五歩▲同桂△同桂▲8四歩△同銀▲5三と△7三金寄▲6二と△9三玉▲7二と△7五桂(投了図)
まで、104手で羽生王将の勝ち
投了図以下、▲7五同歩には△同銀で、①▲同銀なら△同歩で先手玉は受けなし。②▲8一となら△7八角成▲同銀△8六銀▲7六玉(▲8六同玉は△7七銀▲同銀△7五金で詰み)△7五金▲6七玉△6六金の詰み。
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結局のところ、先手は5図から攻めても無理攻めになるということなのだろうが、それにしても、羽生善治五冠(当時)の構想が凄い。