将棋世界1971年1月号、大山康晴名人の十段戦〔中原誠八段-大山康晴十段〕第3局自戦記「三転、四転、トン死負け」より。
2連敗した。しかも、錯覚したり、攻めの常識を見損じるやらで、さんざんのていたらくである。振り飛車を指しながら、二番も続けて100手以内で負けたことは、経験がない。
気持ちを引き締めて盤に向かってはいるのだが、中原さんの顔を見ると、なぜか闘志の火が燃えさからなくなってしまう。
困った相手がでてきたもんだ、と思っている。しかし、3連敗しては、タイトル保持も難しくなる。3戦目は、土壇場に立つ思いで、立ち向かうことにした。
ところが、なんとも指し手がギコチなく、勝ちが見えながら、キメることができず、もたつきを繰り返しているうちに、トン死負け、というはずかしい結果になってしまった。
3連敗しては、もう後がない。徳俵の一角に、剣ガ峰ででこらえる自分の姿を客観的にながめるほどの余裕を持って、4戦目を戦う覚悟でいる。
(中略)
大事な一番なので、振り飛車の中でもっとも好きな四間飛車を指す気になった。これも一つのとらわれといえるものだが、人情でしかたがない。また負けても納得のいくことなのでもある。
先に7二銀としたのは、中原さんは位で押し込んでくるのが得意なので、玉頭に金銀を盛り上げる作戦に備える意味であった。
この用心深さが長続きすればいいのだが、このごろは、肝心なところで、その気持を忘れ気味になる。
”年かな”とも思う。
(以下略)
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大山康晴十五世名人47歳、中原誠十六世名人22歳の時のこと。
たしかに、25歳の年齢差は親子でも不思議がないわけで、闘志がなかなか湧かないのも無理はない。
更には、相手に闘志を燃やさせない中原十六世名人のキャラクター的な要素も追い打ちをかけている。
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現代に当てはめてみると、羽生善治三冠は今年の9月に47歳になるが、その頃に22歳なのは阿部光瑠六段、青嶋未来五段、佐々木大地四段、梶浦宏孝四段。
ただし、羽生三冠は闘志をエネルギーにするタイプではないので、大山十五世名人ほど年齢差による心理的な影響は無いものと思われる。
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大山十五世名人が「”年かな”とも思う」と書いているが、これは、棋士全員に油断をさせようという、自戦記を通した盤外戦術である可能性が高い。
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藤井聡太四段はあと9日で15歳となる。
といっても、まだ15歳。
藤井聡太四段も相手に闘志を燃やさせないタイプ。
本当に凄い棋士が現れたものだと、あらためて強く感じる。