冷房嫌いの三浦弘行八段(当時)がワイシャツ姿になった対局

将棋世界2002年10月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。

 この日は好カードがたくさんあったが、中で注目の一番は、A級順位戦の、藤井九段対三浦八段戦。

 いきなり本題に入り13図は寄せ合いに入ろうか、というころの局面。後手陣は申し分のない好形で、攻めも桂香を取れるからわかりやすい。攻守ともに心配がなく、後手が楽に勝てそうだ。

 しかし、それは外野席の見方で、藤井九段はすこしも楽観していなかった。事実、13図で▲6八金と受けられると容易に寄らず、次第にわけがわからなくなった。

 そして夜11時ころの局面は14図。控え室には継ぎ盤が一つ。田中(寅)九段と深浦七段が対し、中村、先崎両八段、日浦七段などが見ている。

 13図から見ると14図の後手陣はずいぶん危なくなっているが、△7四銀と受けて後手優勢。角銀を渡さないかぎり心配はない。

 というところで三浦八段に奇手が出る。

14図以下の指し手
▲4七金引△同竜▲3七金△5八飛▲6八金打△7九金▲6七玉△6八飛成▲同玉△7八金打▲6七玉△3七竜(15図)

 ▲3八金と取るのは△5九角成で後手勝ち。飛車を持ってもしょうがない。欲しいのは角である。

 というところで▲4七金引が指された。△同竜と取られてただのようだが、竜の利きが変わったので▲3七金と取れる。

 金がくるりと入れ替わって奇術を見ているようではないか。

 さあ角が入った。後手玉は一手すき。控え室も「逆転もあるのでは」の雰囲気である。

 藤井九段は14図のところで時間を使い切り、残り1分。しかし、読んであったのだろう。奇手に動じなかった。

 △5八飛がお返しの好手。

 これに対し、▲6八桂は、△6七金▲同玉△5七飛成▲7八玉△7七竜以下詰み。で、▲6八金打と金を使うしかなく、これで後手玉の一手すきがほどけた。

 さらに△7九金も好手。▲同玉と取れば、△5九飛成▲6九金打△8七香成▲5九金△5七竜までで必至。飛角桂では後手玉は詰まない。

 三浦八段は△7九金と打たれたところで7分考えた。取っても逃げても負け、と自分にいい聞かせたのだろう。▲6七玉と逃げる手を選んだが、△6八飛成から△7八金打と決め、ここで△3七竜と駒を補充する手があった。このとき控え室で「あっ冷たい手があったな」の声がもれた。

15図以下の指し手
▲6五歩△5六歩▲8五桂打△同香▲同桂△同銀(16図)

 後手は▲8二角と打っても△9二玉で詰まない。▲8二銀不成は筋らしいが、これも△9二玉で詰まない。

 先手は手段に窮したかに見えるが、▲6五歩という手がある。控え室でも発見され、まだまだ先手が粘れる変化もあった。まったく勝ち切るのは容易じゃない。

 しかし最後まで藤井は乱れなかった。▲8五桂打△同香▲同桂のとき、勇気を持って△同銀と取ったのが決め手。怖がって△8五同銀と取る手で、△8四玉と逃げるのは、▲6六角で長引く。

16図以下の指し手
▲6六角△8四桂▲同角△同歩▲8二角△8三玉▲7五桂△7二玉(17図)まで、藤井九段の勝ち。

 遅くまでかかり、終了は午前1時近かった。投げたと知るや、検討陣はいっせいに帰り、感想戦に残ったのは、関係者以外では深浦七段だけだった。感想戦は序盤から一手一手について詳細に繰り返され、勝負所と思われる場面の研究に入ったのは、1時間くらいたってからだった。

 室内は熱い。冷房嫌いの三浦八段もワイシャツになっているが、藤井九段は背広の上着を脱がずネクタイもゆるめなかった。気分がよくて、暑さなど気にならなかったのだろう。

 それはそうだ、今期は混戦必至だから、ここで勝ち越したのはとてつもなく大きい。

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14図からの▲4七金引がまさしく奇術のような凄い一手。

▲4七金打の方が手堅いように見えるが、△1五角成とされたときに▲2六金と打てなくなる。

リアルタイムで見ていれば、藤井ファンも三浦ファンも生きた心地がしないような対局だっただろう。

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「感想戦は序盤から一手一手について詳細に繰り返され、勝負所と思われる場面の研究に入ったのは、1時間くらいたってからだった」

対局に敗れた日の夜、普通なら飲みに行くかあるいは家に帰って寝てしまうところ、三浦弘行九段は自宅で敗れた対局を並べ直すと何かで読んだ記憶がある。

相手は気心の知れた兄弟子の藤井猛九段。

自宅で敗れた対局を検討するがごとく、非常に熱心な感想戦になったのだと思う。

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私も、夏でも背広の上着を脱がない男、と呼ばれていた。

冷房嫌いではなく冷房は大好きなのだが、上着を脱ぐと、

  • 上着のポケットに入れている財布や名刺入れが知らぬ間に落ちても気が付かないのではないか
  • 外を歩く時に上着を手に持つのは、かえって面倒
  • 室内はそこそこ涼しいし、外は裸で歩いても暑いわけで上着を1枚脱いだからといって暑さは変わらない

のが主な理由。

私にとっては、家の外に出ている間に背広の上着を脱ぐということは5年に1度あるかないかのこと。

それはともかく、上着を脱いだことを言及されるほど、三浦弘行八段(当時)も上着を脱ぐのが珍しかったということになる。

三浦弘行九段が四段時代の冷房にまつわるエピソードもある。

加藤一二三九段、真夏の嘆き

 

 

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