将棋世界1986年6月号、第44期名人戦〔中原誠名人-大山康晴十五世名人〕、「石田八段の大盤解説」より。
15:00
63歳の老雄大山名人が12年ぶりに出て来て、久しぶりの名人戦ですね。中原名人は38歳、円熟期と言えます。現在の局面はもう終盤戦に入っています。(局面を映し出すモニターテレビを見て)これは早く解説しないと終わっちゃうかもしれません。中原名人は居飛車穴熊にしました。相手が大山名人だから、年の差を考えて長い戦いに持っていこうとしたのだと思います。これで居飛穴が勝つようなら執拗に用いる事が十分考えられます。私は居飛穴は好きではありません。しかし棒銀なんかでいくと、棒銀がさばけた時には玉が詰まされているんです。実に大山名人はうまいですよ。中原名人もあまり用いないが、対大山戦には最有力の策と考えたに違いありません。A級順位戦の4敗中3敗が居飛穴に対してですから。
最近の大山名人は昔のような局面を長引かせる事は考えないで、意図的に決戦を早めようとしているように思えます。これが自ら墓穴を掘ったように感じますね。まだ終わってませんけど。
15:20
(中略)
うーん、これはダメです、ダメです、ダメです。どうも受けがない。大山ファンには申し訳ないが、どうもいい順が見つかりません。皆さんどうですか、大山ファンでこれなら受かりますよという手があったら、どんどん言ってください。17:00
何かあっけない勝負でした。浜松のファンにはちょっと残念でしたね。一局目に大山名人が勝つと面白かったんですけど。それでは今、感想戦を見てきましたので、二人の感想を交えて最初から解説してみましょう。(中略)
中原さんとしては久々と言っちゃ失礼ですが、胸のすく勝ち方でした。本当なら夜の八時、九時になるような熱戦で、皆さんと一緒に一手一手の攻防に酔いしれたかったのですが、終わってしまって―。どうもありがとうございました。
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この直後、場内は一斉に大拍手が湧き起こった、と書かれている。
石田和雄八段(当時)の名解説と石田節。
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「しかし棒銀なんかでいくと、棒銀がさばけた時には玉が詰まされているんです。実に大山名人はうまいですよ」
「これが自ら墓穴を掘ったように感じますね。まだ終わってませんけど」
「大山ファンでこれなら受かりますよという手があったら、どんどん言ってください」
「中原さんとしては久々と言っちゃ失礼ですが、胸のすく勝ち方でした」
「皆さんと一緒に一手一手の攻防に酔いしれたかったのですが」
文字だけ読んでも十分に伝わってくる石田節。これに、石田九段の声と話し方と表情が加われば、面白さが三倍増する。
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更にボヤキが加われば、完璧な石田和雄九段の世界。
例えば、2005年12月に放送されたNHK杯戦、高橋道雄九段-郷田真隆九段戦。解説が石田和雄九段で司会が千葉涼子女流三段(当時)。この時の映像から解説を書き起こしてみた。
石田「私思うんですけどね、千葉さんね、つくづく。昔の棋士はね、勝って酒を飲み、負けて酒を飲み、なんてね、ええー、そういう形でやってましたよ。だけど今の棋士はあんまり(手のひらを振りながら)もう、酒をたしなむ程度ですね」
千葉「そうですね。一部の棋士を除けば」
石田「まあまあ、それはいつも例外はありますが、昔はむしろ飲まないほうが例外ぐらいで、ウン、今は飲むのが例外というのが、時代が変わってきているんですねえ。そう思います」
千葉「石田先生はあまり飲まれない方なんですか?」
石田「私が?私が?…まあ、飲み出すともう止まらなくなっちゃうんですよ。行くとこまで行っちゃうという感じで。いやもうね、何でですかね。飲み出すと止まらなくなってしまうんですよ」
(以下略)
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石田和雄九段の、対局時や感想戦の時とは異なる傾向のボヤキも、もの凄く良い味を出している。
オールドファンにはおなじみの石田和雄九段の名解説だが、新しい将棋ファンの方も石田和雄九段の解説を聞けば、石田和雄ファンになることは間違いないと思う。