第30期竜王戦第4局対局場「嵐渓荘」

渡辺明竜王に羽生善治棋聖が挑戦する竜王戦、第4局は新潟県三条市の「嵐渓荘」で行われる。→中継

嵐渓荘」は、良寛ゆかりの地・三条市より車で30分、守門川の流れのほとりに立つ木造3階建ての一軒宿。

緑風館は国登録有形文化財に指定されている。

温泉は日本屈指の強食塩冷鉱泉。

煮詰めれば美味い塩が作れるほど濃厚な湯だという。

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〔嵐渓荘の料理〕

嵐渓荘の料理は山の幸を基本とする滋味深い料理。

嵐渓荘に水道水は通っておらず、全館すべて湧水(真木の清水)を利用しているため、料理の澄んだ味わいを醸すベースとなっている。

嵐渓荘の昼食向きメニューは次の通り。

自然薯定食 3,500円

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ひこぜん定食 3,600円(ひこぜんは、ご飯を潰したきりたんぽと似た料理)

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蕎麦定食 3,400円icon

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天丼定食 3,000円
うどん定食 3,400円
山菜定食 3,000円
月見そば/うどん 850円
天ぷらそば/うどん 1,500円
天丼 1,100円
親子丼 850円

〔昼食予想〕

山の幸対決となるだろう。

予想は次の通り。

渡辺明竜王
一日目 自然薯定食
二日目 うどん定食

羽生善治棋聖
一日目 天ぷらうどん
二日目 蕎麦定食

 

 

 

かなり野蛮な将棋座談会(後編)

将棋ジャーナル1984年2月号、新春おもしろ座談会「善玉と悪玉が居てこそ面白い!!」より。

―では83年のプロ棋界を総まとめして、印象をひと言ずつ。

D ひと言、ひどかった(笑)。

C おもしろい将棋が少なかった。

D 全部並べてますけど、去年の将棋のほうが断然良かった。

C 森安、中原戦が少しおもしろかったけど、他は名局ゼロ。

F 感動した棋譜は、ひとつもなかったね。

E 一番大きな印象は、谷川、高橋という若い選手がタイトルを獲ったこと。今まで長い間定着してきた体制みたいなものが、少しずつ崩れてきて、今後この傾向はもっと広がりそうな予感がしますね。

B それは確か感じるね。

E それが良い方へ行くか悪い方へ行くか。5年ぐらい経って、大山、二上が消えて、塚田、脇、田中あたりが八段になってくると、これといった年寄りがいない状況になる。内藤、米長らはその時に現在の大山、二上さんみたいには勝てないんじゃないかと。

F 僕の印象は、とにかくこの1年は一体誰が強いんだかわからない年だった。名人の谷川でさえ強いんだか弱いんだか。

D 結局本当に指せば中原さんが強いんでしょ。

F 僕もそう思うけど。しかし将棋というゲーム自体が大きすぎてこのようにちょっと波が立つともう、わからなくなってくる。そういう感じを受けた1年でしたね。

A 今までは大山時代の次に中原時代があって、わかりやすかったね。

C 戦国時代というよりも、長期低成長時代の幕開けじゃないかという予感がしますね。実は中原さんに、もっと勝ってもらいたいというのが本音なんですが。このままじゃ、タイトル戦に対して全然魅力が湧かないですもんね。

A 棋戦が多すぎるせいなのか。昔のような世紀の一戦とか、殺してやるっと叫んで戦う遺恨試合みたいな、観衆の心を湧き立てる勝負がすっかりなくなったね。

B そう、だからつまらないのよ。現在のプロ棋界は、たとえば谷川浩司の出現に対して、ヨイショしすぎてる面があるでしょう。こういう上等なタマをかかえているんだぞという感じでネ。この現状は、勝負の世界じゃ最も恥ずべきことのはずよ。他の勝負界を見りゃわかることだけど。プライドがなさ過ぎる。

F 完全な運命共同体になってますね。

B 「谷川みたいなあんな小僧っ子に、名人とらせてたまるか」って叫ぶ男が、一人ぐらいいてもいいんじゃない?内藤、米長あたりは叫ばなきゃウソよ。谷川なんて子供でしょ?手合違いでぶっ飛ばさなくちゃ。その点米長に可能性感じるから、だから挑戦者になってもらいたいんだ。

A とにかくこの暖かい現状では手に汗握る名勝負なんて出っこないと言う人もいるくらい。

B そう、野球界で一番の功労者は誰だと思う?

全員 江川。

B 今の将棋界に江川は一人もいないもんね。

A 善玉(ベビーフェイス)ばかりで、ダーティーヒーロー(悪玉)がいない。

B ベビーフェイスにみんなして逆ギマ擦ってんだ。だからプロ全体に魅力がない。

C 佐藤大五郎が勝ってくれればおもしろくなるけど。(笑い)

―では女流プロを少々。

A マスコミ界では林葉直子が谷川浩司を上回る人気だった。

B 直子ちゃんの場合は、ただ存在するだけで意味あるよ。

―マガジン誌の「ただ今修行中」で米長先生からの手紙のことを書いてましたが……。

F あの手記は良かった。

A ウン、最近の大ヒットだね。

C 僕が女流プロで感じることが、20人も数があるのに、一人一人の人柄が全然伝わって来ないのが残念ですね。観戦記を読んでも。

A 記者が書きづらいんだろうな。

C 将棋が弱いことは仕方ないことで、どうでもいいんです。ただ将棋を指す女性ってのは他の女性にはない魅力がきっとあるはずですから、それをもっと前面に押し出してもらいたい。

B 連盟は女流プロのことなんて何も考えてないんじゃないかなあ。女流プロ担当理事なんていないし、せめてあの弱さを隠すようなことしないで、もっと世間にさらした方がかえって高く売れると思うんだが。

(中略)

C グラチャンが谷川優勝、2位加部さん。朝日アマが加部、奥村。アマ王座は河原林、田中保。支部名人野藤、沢野。レーティングは赤木と谷畑。読売が谷川、加部。アマ名人は菱田、藤森。赤旗が大木、中藤。八ヶ岳は神吉プロ優勝で、関、小滝の順。学生名人が新井田、赤畠。

A おもしろいねえ。1位2位で名前が重なっているのは加部さん一人、しかも1回だけ。ということはアマ棋界は誰が出てくるか見当つかない年だった。

C 小池重明という名がひとつも出てないんですが……。

B オット、それがこの1年で最も象徴的な出来事だ。

C 知りません。私は付き合いがありませんから(爆笑)。

B いやホントにどうしてるかな、今。誰も知らないの?

A C君は先日彼に会ったんだろ。

C はい、話しました。彼が言ってました。とにかく自分から将棋を取ったら何も残らない。ただ生きてるだけの廃人同様だって。そこに気付いたんなら彼はきっと立ち直るだろうと、僕は思いましたけど。

A 将棋に戻る気はあるわけね、本人は。

C ええ。ですから今後1年間真面目に働いて、迷惑をかけた方々に少しでもお金を返して、一所懸命おわびをしていきたいと。許してもらえるならばぜひ将棋界に戻りたいそうです。そしてジャーナルにも謝罪文を載せたいと…。いろいろ書かれている事に対しても、事実と違うこともあるらしいし。例の近代将棋のレポートなんか。

B 小池重明のキャラクターを、こよなく愛する人間の一人として、とにかく早く復活してほしいね。

C 僕も同感です。あんな大きなアマチュアはいなかったですよ。

B しかしね、復活するその前に禊(みそぎ)をしなきゃ。日本の社会で生きていくには、必ず禊が必要だよ、けじめがね。それを乗り越えた上なら、将棋ファンの心の中にはあの小池将棋は強烈な印象として残ってるはずだから…。

C あんな魅力的な将棋を指せる人は、そうはいないですからね。強さじゃなくてね、棋譜のキャラクターがね。

B 銭の取れる将棋よ。悪玉としても最高だし、アマ界のブッチャーかな(笑)。

A そう、何か、メラメラっとするものがある。さっき話に出た、今のプロになくなりつつあるものが、彼の将棋にはある。

B 将棋のキャラクターもそうだし、このような事件を起こしたことも含めてね。小池重明の名は将棋界史上永久に不滅よ(笑)。彼は見えっ張りなんだ。好人物の証拠だよ。しかもプロ入り問題でつまづいてから、拍車がかかったんだろうね。

E 好人物ではなくて、単に精神異常でしょう。プロ入り問題なんて意味ないです。実際そうだったとしても、その時点でその程度の判断力もなかったというのは、ハッキリ彼自身が悪い。僕は絶対に許せないな。

A ウーン。現実にひどく迷惑を被った人が多いからねえ。ボクも立場上困ったもの。

C しかし将棋世界誌があの投稿を載せたことは、裏がありそうな気がするけど。プロ入り問題は連盟側から見れば意味ないことだったけど、アマファンの世論が一方に根強くありました。それがあの記事一発で、世論鎮火の効果が出たわけですから。もし彼のプロ入りウンヌンの問題が全くなかったら、わざわざ活字にしなかったんじゃないかと思いますが。

A 大山会長はあの記事を出したくなかったらしいね。

D それは要するに自分の名前が出るからですよ。大山個人の損得でしょ。あの件はとにかく、将棋界全体のことを考えて動いた人間なんか一人もいない。

B 裏のことはどうでもね。とにかく読売新聞が一面の記事にして週刊誌が特集を組み、御本尊の雑誌にも出た。つまりそれだけの価値あるキャラクターだってことですよ、彼は。A級棋士相手に一番手直りで平手まで勝った事件。これは絶対異常なことでね、それが皆の脳裏に焼き付いてるからこそ記事になり得るんだ。

(中略)

―今日は、皆さん言いたい事を言ってもらって、ヒヤヒヤしました。(笑)どうもありがとう。

☆出席者は、将棋評論家の今福栄氏、本誌の湯川、横田、下村、中野、専属ライターの新井田基信の皆さんでした。

(リライター 桂子)

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将棋ジャーナル1984年3月号の湯川博士さんの編集後記には、

2月号新春座談会のメンバーを推理したハガキをいただいた。
A 湯川
B 今福
C 横田
D 新井田
E 下村
F 中野
というものだが、ずいぶん近いのでビックリ。よく読んで下さってありがとう。

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21歳の谷川浩司名人が誕生した年度、中原誠十六世名人が不調に陥っている期間、という時期の座談会。

1983年のプロ棋界の総まとめが非常に厳しい。

”将棋界の太陽”と呼ばれていた中原十六世名人がまだ36歳で、もっともっと活躍してほしいという思いが強くあったのだろう。

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将棋界の第一人者である時代が10年以上続いたという条件で見れば、

大山時代→中原時代→羽生時代

という歴史。

この座談会が行われた1984年初頭以後、中原名人の復位、昭和55年組を中心とした若手棋士の台頭(1985年度:中村修王将誕生、高橋道雄王位復位、1986年度:高橋道雄棋王誕生、福崎文吾十段誕生、1987年度:高橋道雄十段誕生、南芳一棋聖・王将誕生、塚田泰明王座誕生、1988年度:島朗竜王誕生、南芳一棋王誕生)の時期を経て、そして、1989年、羽生善治竜王の誕生とともに羽生時代の幕開けとなる。

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羽生善治四段の誕生は、この座談会の2年後のこと。

羽生四段が登場してからのこの座談会をぜひ聞いてみたかったものだが、その頃にはこのような座談会は行われていなかったようだ。

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この1984年は、林葉直子女流名人・女流王将の人気が上昇中の時期。

下の写真は1984年の将棋マガジンに出稿された三菱電機のパソコンの広告の一部。

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「しかし将棋世界誌があの投稿を載せたことは、裏がありそうな気がするけど」のあの投稿とは、読者からの投稿欄に掲載された、子供教室を作ると言って多くの人からお金を集めておきながら雲隠れしてしまった小池重明氏を糾弾するアマ強豪氏からの投稿のこと。

将棋ジャーナルと小池重明氏は直接的な関係はないものの、小池重明氏を売り出したのは将棋ジャーナルなのだから、ということで将棋ジャーナルにも抗議があったいう。

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それにしても、すごい座談会があったものだと、つくづく思う。