大山康晴十五世名人「将棋の技術だけ言ったら、みんな同じですよ。定跡だって詰まし方だって知ってるわけですからね。じゃあ、どこで差が出てくるかというと」

将棋世界1986年2月号、大山康晴十五世名人と毎日新聞の加古明光さんの対談「制度改革の日は近い」より。

加古 A級が混戦になった原因としてですね、谷川、米長といった本命の不調があげられると思うんですよ。その谷川さんや、去年B級に落ちたけど田中八段、こういった若手の将棋をどうご覧になりますか。

大山 私から見て、どこまでを若手いうかわからんけど(笑)、今の若い人は好不調の波が激しすぎるんじゃないですか。私自身の経験から言うと、1年のうちに4、5回は不調になりそうな時がありますよ。そういった時によく注意して手を打っていけば、強い人はそこを維持できるもんですよ。今の若い人は、そこのところで自己に対する注意力がどこか欠けているんじゃないかと思いますね。

加古 谷川さんの場合、最近はここ一番で負けてますね。

大山 相対的に見れば勝ってるんだけど谷川さん自身としては、ということになるんですよね。確かに不調ですね。

加古 中原さんの今の将棋は、どうご覧になりますか。

大山 将棋に対する自信を取り戻したんじゃないですか。1年くらい前は不安感を持って指してたような気がしますね。

加古 B1以下で田中寅ちゃんをはじめ、福崎君、南君と、この辺の若手はどうですか。

大山 まあなんでしょ。将棋の技術だけ言ったら、みんな同じですよ。定跡だって詰まし方だって知ってるわけですからね。じゃあ、どこで差が出てくるかというと、さっき言った自分に対する注意力。それから、みんなまだ、ここ一番の経験が少ないでしょ。そういうのを経験することによって安定した力を発揮できるようになってくるんですよ。

加古 今の若い人は、なんか、ふんどしが締まっていないような気がしますが。

大山 そうね、なんか一本ね。

加古 ホープとか言われたらC2からA級まで、ポンポンと上がってこなくちゃいかんと思うんですけどねえ。

大山 上がらなきゃ嘘ですよ。加藤さんだって、中原さん、谷川さんだって上がってきてるんだから。それと、私なんかがこの年でまあまあやっていられるのは、ここ一番を何度もやって鍛えられたいうんですか。それには一人でできないんであって、私の場合は升田さんね、ああいう相手に巡り会えたいうことがよかったんですね。それだけに、あの人との将棋は面白かったですよ、やってて。その余韻が今もあるんですね。

加古 そういう好ライバルというのは今はないんですかね。塚田-中村といっても小粒ですし、慣れ合いみたいなところがありますからね。

大山 そうそう。まだ米長-加藤ピンの方が近いですよ。私らは、あれをもっとひどくしたような状態だからね。

加古 大山-升田というのは、今の棋士とは社会的立場から言っても全然違いますね。それにくらべたら今は慣れ合いでしょう。

大山 慣れ合いいうたら悪いけど、親し過ぎますね。升田さんは碁が私よりちょっと強いの。私が黒くらいで、それでも対局でしょっちゅう顔合わせても、碁は打たないもの。もし負けたら大変だって、それは将棋より厳しいですよ(笑い)。

加古 谷川-田中がライバルといってもちょっと違いますね。

大山 私と升田さんの場合、他に競争相手がいなかったですよ。それが谷川-田中だったら、山の八合目位で競り合ってるわけでしょ。それは違いますよ。

(以下略)

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大山康晴十五世名人は、アマチュアには優しく、プロには厳しく、といった印象だ。

この対談に限らず大山十五世名人が語る言葉は、将棋界の第一人者であり続けるには、どのような心がけ、経験、考え方が必要かということ。

あくまで将棋界の第一人者であり続けることであって、一度でも将棋界の第一人者になること、トップクラスの棋士になること、のもっと上のことを話している。

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「みんなまだ、ここ一番の経験が少ないでしょ。そういうのを経験することによって安定した力を発揮できるようになってくるんですよ」

自分に対する注意力は日頃の研鑽で磨くとしても、ここ一番の経験は、勝ち上がっていかなければ実現できないこと。

勝ち続けなければ強くなれない、ということになるのだろう。