「先生…負け越しておられます……」

将棋マガジン1987年2月号、コラム「棋士達の話」より。

  • 快人物の剱持松二七段は自信家でもある。ある時スキーで足を骨折したが、その時も「ヘボはスピードが出ないのでケガも大したことはない。自分は技術があるので骨折してしまったのだ」と言っていた。

  • 将棋まつりの席上などでリレー将棋が行われるが、前の人と読み筋が合わない時などは内容がヒドくなる事もある。ある時形勢不利でバトンを受けた故・花村元司九段は捨て駒の勝負手を連発。会場に集まったファンをわかせた。しかし形勢の方は全く好転せず、むしろ悪化。次に登場した故・塚田正夫名誉十段、面白くなさそうな顔で席についた。会場のファンも次にどんな妙手が指されるかと期待して見ていたが、真面目な塚田名誉十段の次の一手は…投了。

  • 棋士は自信家が多い。各種統計が発表され始めた頃K七段が「君、僕は勝率が7割になるはずだよ」とクレームをつけて来た。本当ならば発表ミスなので青くなった担当者。調べた後何とも複雑な顔をして答えた。「先生…負け越しておられます……」

  • 棋士は勝負を争うが将棋以外はやらない者も多い。高橋道雄王位はある将棋合宿に参加。対局も終わって夜トランプの大貧民ゲームに興じている仲間のうしろに座って見ていた。気になった田丸昇七段は「君も入るか」と誘った。高橋「いえ、僕は賭け事は嫌いです」「じゃあ君は只でいい」「いえ、特別扱いは困ります」「なら皆も只にするよ」「それは悪いから結構です」とついに参加しなかった。といっても別に一人寝るわけではなく午前1時まで観戦。最後に一言「勉強になりました」

  • 棋士は若い頃ずい分無茶もする。森雞二九段は奨励会時代にコーラのホームサイズ7本を30分以内に飲む、という難題にチャレンジ。根性でクリアして賞金を手にしたが、その日は一日中ツバを吐くとコーラ色をしていたという。

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昨日の記事で「コーラ5本を飲む話。最短記録は何と37秒。ちなみにこの男は直後更に4本を今度は35秒で飲んだ」という昔の奨励会員の例が出たが、この森雞二九段の奨励会時代のエピソードとは別のもの。

コーラのホームサイズは、コカコーラの場合であれば500mlの瓶入り。

30分で7本(3.5リットル)は、やはり厳しい。

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”東海の鬼”、”妖刀”と呼ばれ、余人には真似のできない将棋を指した花村元司九段。不利な時には勝負手連発、「両取りをかけられたら、もう一枚、別の駒を只で捨てれば、相手は混乱する」という語録もあるほどなので、リレー将棋で後を継いだ棋士はたまらない。

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剱持松二九段は非常な自信家。口だけではなくて、「必ず勝つ」と言った時には必ず勝っている。

太っ腹で奨励会員への面倒見も非常に良かったという。

大人数の奨励会員を居酒屋へ連れて行った時には「このメニューにあるもの全部持ってきて」という剛腹な頼み方。

「オレに勝ったら吉原に連れて行ってやる」と言って、わざと負けて、奨励会員を吉原へ連れていくなど、面倒見の良いエピソードには事欠かない。

愛しきK七段(当時)

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このコラム「棋士達の話」は、ページ下の狭い場所の小さな文字で印刷されている記事。

「快人物の剱持松二七段は自信家でもある」ではじまる記事のページの次のページが「将棋まつりの席上などでリレー将棋が行われるが」で、その次のページが「棋士は自信家が多い。各種統計が発表され始めた頃K七段が」の記事。

わざわざ1ページ別の記事をはさんで、それから”K七段”とイニシャルで書かれているが、誰が読んでもK七段は剱持松二七段(当時)であることがわかってしまう微笑ましい構成だ。